山本文介の別邸
翌日、大分城下にある山本文介様の別邸に向かうことになった。
父の武介が口を開く。
「桐丸、天下の小姓が集まるともなれば、さぞかし美しい少年もおろうの。おぬし、大丈夫か。」
「父上、わたくしはその天下の小姓たちとお会いしてみとうございます。」
「天下の小姓とはどのような方々なのか、どのように美しい容姿をしているのか、どのような所作を、着物の着付けを、髪の結い方をしているのか、みてみたいのでございます。」
桐丸はもはや信長様の小姓としての安泰な将来を得たい、という気持ちを超えて、小姓としての道をどこまで行けるか進んでみたい、と言う気持ちに変わってきているのであった。
煌びやかな大分の城下町を歩いていると、山本文介様の別邸に着く。
「ここか文介様の別邸にございますか。なかなかに豪奢な造りをしておられまするな。」
桐丸は大分城下に来るのは初めてだったので、文介の別邸に来るのも当然、初めてであった。
「うむ。文介殿の所領である大野の地はなかなか豊かな土地じゃけんの。文介様も金は持っておられるのじゃよ。」
父の武介は山奥の自分の貧しい領地と比べて羨ましそうであった。
豪奢な文介別邸の門をくぐる。父の武介は門番とは顔見知りのようで、軽く会釈を受けただけで、特にとがめられるようなことはなかった。
玄関に着くと、取り次ぎの者が現れて用件を聞いて奥に戻っていく。
しばらく待っていると、取り次ぎの者が現れて座敷へと案内された。軽やかな水墨画の掛け軸に、気品のある姿の花の一輪挿し。なかなか瀟洒な造りの座敷である。文介の趣味の良さが現れている。
座敷に入って座っていると、女中が現れてお茶とお菓子を並べてくれる。
それからすぐに大野城主、山本文介が入ってきた。
「やあ、武介に桐丸。先日はご苦労じゃったの。まあ、茶でも飲んでくつろいでくれ。」
武介・桐丸親子は山本文介とは主従の関係とは言え、田舎の領主同士でもあり、くつろいだ関係である。
「いやぁ、小姓になりたいなどという申し出は前例のないことゆえ、緊張したでござりまするよ。」
父、武介が汗を拭うような仕草をする。
それはそうであろう。家臣として取り立ててもらうために、若い間に一時的に小姓になる、というならともかく、美貌を活かして小姓になること自体を目標にする、など前代未聞である。
「それで、文介様の仰っていた京での小姓の大会のことを聞きに参ったのでござりまするが…」
武介がさっそく本題に入る。
「それじゃな。まずは京の小姓の大会がどのようなものなのか、語らねばなるまいな…」
山本文介がぐいと身を乗り出してくる。
桐丸もごくり、と唾を飲んで身を乗り出した。