貧乏領主の次男、桐丸
「こらっ、ぼやっとしていたら怪我をするぞ!」
父上の田中武介のお叱りが飛んでくる。今は剣術の稽古中なのだ。
戦国の世では、剣術の稽古は基本的に木刀を用いて行うので、まともに当たると骨折するくらいの怪我をすることになる。
僕は田中桐丸。豊後の国のど田舎の宇目という土地の小領主の次男だ。どのくらいの小領主かと言うと、豊後の国全体を治める守護大名がいて、守護大名から領地を与えられている山本文介という南豊後を治める家臣がいて、そのまた家臣というくらいの小領主なのだ。
その上、領地自体が宇目という南豊後の山の中にあるので、町に行くこと自体が滅多にない。父上の領主の館の他に、家臣の館が数軒あって、さらに百姓の住まいが十数軒あるだけ。
これが僕、田中桐丸が生まれ育った全てだった。
「次は打ち込みを行う。わしをめがけて打ち込んでくるが良い。」
父上はそう言って構えを取る。
「やぁーっ!」
僕は気合をかけると大きく振りかぶって父上めがけて打ち込む。
パァン。
打ち込んだ木刀は軽く払われて、僕は体制を崩す。剣術は得意ではないのだ。
「まあまあ、精が出ますこと。そろそろお休みになってお茶を召し上がってはいかが?桐丸の好きな餡子の入った饅頭も用意してありますよ。」
母上の田中宇目が優しく声をかけてくれる。母上はこんな山の中にいるのはもったいないくらいの美人だ。おまけに優しい。この母上のおかげでつらい剣術の稽古に耐えられると言っても過言ではない。
「桐丸はおなごに生まれればよかったのにねぇ。こげに綺麗な顔をしておったらさぞかし殿方の覚えもめでたかったろうに。」
「宇目、何を言うておるか。そげなことを言うたら桐丸も剣術の稽古を嫌がるようになるではないか。武家に生まれた者として文武両道をきちんと修めて行かねばならぬのだ。」
母上の優しい言葉に父上が苦言を呈する。無理もない。僕は武家の次男だ。学問も武術も出来なければ将来は百姓にでもなるしかない。
ふと思いついて母上に尋ねてみる。
「母上、男が器量を活かして生きていこうとしたらどげな方法がありましょうか?」
「こら、桐丸、男が器量で生きていく道なんぞあるものか。あったら誰も剣術の稽古なぞしなくなるわ」
父上が渋い顔でたしなめる。
「おほほ。桐丸は面白い子じゃねぇ。男が器量でねぇ。」
「そうじゃ。天下人の信長様と言う方の名は聞いたことがあるじゃろう?信長様は器量の良い男をお側に侍らせて小姓として用いておられると聞いたことがありますよ。」
母上は色んな情報に通じている。旅の商人と話をするのが好きなのだ。そうして天下の諸国の様子などを聞いて知っているのだ。
「僕は、桐丸は小姓になりとうございます。小姓になるにはどのようにしたらいいのでしょうか。母上、教えて下さいまし。」