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ファイナルジャッジ!   作者: Q輔
現代編
9/58

君は、活字でどう笑う?(前編)

 ここは、現世とあの世の境目、さいの河原。


 僕は、この河原に建つ「フェリーマンカンパニー」という渡船会社に勤める三途の川の渡し守。


 今日も、渡船場から沢山の死者を渡し舟に乗せ、あの世へと渡している。


 僕は、エフと呼ばれている。


 どうやら僕は6番目にここへ来た渡し守らしい。渡し守A、渡し守B……6番目の僕は、渡し守F。


 恐らく、過去には別の名前があったと思われるのだが、まるで思い出せない。何故ここで働いているのか。いつここへ来たのか。何も憶えていないのだ。


 気がついたら、ここで働いていた。まったくトホホのホだ。


 ちなみに、渡し守の仕事は、実際に船に乗って死者をあの世へ渡す、いわゆる「船頭」ばかりではない。


 乗船する死者の受付。死装束や三角頭巾の配布。乗船員数・出船時刻の管理。渡し舟のメンテナンス。などなど。仕事内容は様々。


 僕は、数年前から最終決断補助者ファイナルジャッジヘルパーという仕事に就いている。


 毎日現世とあの世の境目にある賽の河原で働いていると、時折、生者とも死者ともつかぬ、ワンダラーがふらりと訪れる。


 ワンダラーが、三途の川を渡るか否かを決める。つまり「生きるか死ぬか」の最終決断をする。そのお手伝いをするのが、僕の仕事。


 ファイナルジャッジヘルパーと言えば聞こえはいいが、まあ、事実上現場のトラブル処理係。


 ほら、今日もこの賽の河原に、生者とも死者ともつかぬ悲しきワンダラーがやって来た。

 では、念のため、復唱します。


 九段九一くだんきゅういちさん。


 四十七歳。


 存在意義は、小説家。


 自宅の書斎にて、睡眠薬とウォッカをがぶ飲みして、昏睡状態。


 何があった知らないが、突発的に自殺してみたものの、潜在意識は、現世に未練タラタラゆえ、生者とも死者ともつかぬワンダラーとなる。


 以上で、お間違いありませんか? 


 彷徨人課さまよいびとかの受付にて、僕は、タブレットに情報を入力をしつつ、男に確認をした。部屋の窓から、今日も大勢の死者が渡し舟に乗って三途の川を渡って行くのが見える。男は、その死者の列に紛れていたところを保護され、この彷徨人課に案内されて来た。


「そうだな。およそ、間違いはないだろう。んが、しかし、必ずしもそうとも言い切れない。それは、何とも言いきれない」


男は、何日も洗っていないであろうフケだらけの頭髪を、ボリボリ掻きむしりながら、僕に答えた。


 まったく、作家とか、芸術家とか、表現者とか自称する連中は、どうしてこう、いちいち発言が面倒臭いのであろう。彼らが常に回りくどい言い方をしなければならない理由を、僕は、是非知りたい。僕は、こういった類の人間が、どうも苦手だ。


「九段さん。あなたは自宅の書斎にて、今どき流行らない睡眠薬自殺を図った。しかも、アルコールを同時に鯨飲して。おやおや、悪ふざけにしては、薬も酒も量が多過ぎましたね。あなたは今、ギリギリの状態です。あらかじめお伝えしておきます。『生きたい』という強い意志がなければ、あなたは、あの世行です」


「死は、生の対局に位置するものではない」


「はいはい」


「死は、最も洗練された生なのだ」


「それはそれは、おめでとうございます。さて、九段さん。戯言はほどほどにして、事務的に最終決断に向かいましょう」


机の下で、僕は、激しい貧乏揺すりを続けていた。



 ― ― ― ― ―



「えー、自殺の動機は何ですか?」


「(笑)さ」


「かっこ笑い?」


 うわあ、またこの売れない小説家が、面倒臭いことを言い出した。


「エル君と言ったね」


「エフです」


「エフ君。君は、メールや、SNSで、どう笑う?」


「はあ???」


「君は、活字でどう笑う?」


 何この人、マジで勘弁して欲しい。


「ちなみに、私は、小説に限らず、コラム、エッセイ、極めてプライベートなSNSに至るまで、これまで一度たりとも、文章に(笑)という記号を使ったことがない。あえて、意図的に、使用していない」


「では、九段さんは、活字で笑いをどのように表現しているのですか?」


「漫画雑誌の笑い声の擬音のように、『あはははは』『だぁ~しゃしゃしゃしゃぁ~』。宝島社の「VOW」の文章のように、『ぎゃはははははは!」『てへへへのへ』といった風に、笑い声を明確に活字にして、読者が【読めるように】表現している」


「心の底からどうでもいい話っすね。ははは」


「はい! 君! 今すごく呆れた時の笑い方したね! そう、今みたいに、笑いを文章の末尾で表現したい時は、笑い声そのものを書いちゃうのだ。

 君からすれば、どうでもいいこだわりかもしれないが、私にとっては、徹底的にこだわり抜きたい表現法だ。

 そ、そ、それをだな! わ、わ、私の担当編集者ときたらだな! 『先生、いつまでも古臭い表現はやめて、(笑)や、wwwや、絵文字を使ったらいかがですか?』ときやがったあああ!」


「ふふふ。文学小説の作中表現で、さすがに(笑)はないでしょう」


「いやいや、最近はそうでもないんだよこれが。まったくやりきれんよ。スランプだよ。それで、つい自暴自棄になってしまった」


「そんな一時の気の昂りで命を絶つなんて、絶対間違っています!」


 僕が、やや厳しめな口調で九段さんを諭すと、彼は、しばらく黙り込んだ。よく見ると目にいっぱい涙を溜めている。悔し気な表情。再度頭髪をボリボリ掻く。容赦なく辺りにフケが舞う。


「……エス君と言ったね」


「エフです」


「エフ君。三途の川の渡し守の君に話すのも何だが、今ここでくたばれば、僕は自分の気持ちを誰にも伝えられぬままだ。どうか、死にぞこないの三流作家の愚痴だと思って、僕の話を聞いていくれるかね」


 九段さんは、目を大きく見開き、時折、唾を飛ばしながら、自分の思いの丈を、僕にぶつけた。

後編に続く。

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