生まれいずる時 11
視点=庭師のゴブル
気が付くと、オラは、また三途の川というでっけえ川の流れる河原に戻っていた。渡し守のエフさんが、これでもかと沈痛な表情でオラを出迎えてくれる。
「すまねえ、エフさん。オラ、駄目だった」
エフさんは、ゆっくりと首を振り――
「いいえ、ゴブルさん。僕のほうこそ、申し訳ありませんでした。なんだが、結果的に、あなたを焚きつけるようなかたちになってしまった……」
――と、悔しそうに下を向いた。
「ゴブルさん。あなたの肉体は、致命傷を負い、蘇生する見込みは、万に一つもありません。こうなってしまった以上、黙ってあの世へ渡るより道は無い。さあ、最終決断の時です。ゴブルさん、あなたは、三途の川を渡りますか?」
「ああ、オラ、あの渡し舟に乗って、あの世へ行く。もうこの世には何の未練もねえ」
「了解です。たった今、僕のフェリーマンタブレットの死亡者リストにあなたの名前がアップされました。あとはあそこに見える渡船場から、舟に乗ってあの世へ渡るだけです。参りましょう」
オラは、エフさんと一緒に、遠くに見える渡船場に向かって歩き始めた。
渡船場へと向かう途中、思うところがあり、エフさんに、素朴な質問をした。
「なあ、エフさん。オラ、生まれ変わったら何になるだ?」
彼は、なにやらしばらく躊躇するような態度をした後――
「いいでしょう。あなたの来世を調べてみましょう。ただし、あまり大っぴらにしてよいことではないので、他の死者には内緒にして下さいね」
――と言って、しばらく首からぶら下げた黒い機械をいじくりまわしていた。
「うおおお、ゴブルさん、あなたの来世が分かりましたよ。喜んで下さい。あなたの来世は、あちらの世界で世界的に活躍するモデルさんです」
「モデル?……」
「はい、三途の川の向こう側の者たち、いわゆる神と称される者たちは、あなたをお見捨てにならなかった。僕のフェリーマンタブレットの情報によれば、来世のあなたは、顔立ちも良く、スタイルも良い男性に生まれ変わり、いずれファッション誌やファッションショーで活躍するトップモデルになる予定です。吉報はそれだけではありません。来世のあなたは、三十歳で結婚をするのですが、その結婚相手というのが、なんとあのフリージアの生まれ変わりの女性です」
「フリージアの?……」
「はい! 現世では結ばれなかった二人ですが、来世では、生涯を通じて仲睦まじく添い遂げる運命です」
オラは、自分の来世を聞き、渡船場へと向かう足を止めた。そして、エフさんに正直に今の自分の気持ちを伝えた。
「エフさん、申し訳ねえが、そんな来世なら、オラ、いらねえ」
「え?」
「オラは、バケモノになりてえ」
「ゴブルさん、いったい何を言いだすのですか!」
「人間の世界は、もう懲り懲り。人間に生まれ変わるのは、まっぴら御免だ。オラ、バケモノになりてえ。どうせならいっそ、人間とかけ離れた姿かたちをした、身も心も徹底して醜いモンスターがいい。なあ、頼むよ、エフさん、オラ、バケモノに生まれ変わりてえ。オラをバケモノにしてくれ」
「いや~、あの~、ですね。そのようなお願いをされても、僕に死者の転生を操る能力は備わっていませんので、悪しからずご了承下さいまし~」
エフさんが、しどろもどろになっている。
その時、河原に、突然の轟音。
凄まじい爆風が、オラとエフさんを吹き飛ばした。
「いらっしゃいませ~。いらっしゃいました~」
硫黄臭い砂煙が晴れると、そこにお尻からシッポの生えた絶世の美女が立っている。
「話しは聞かせてもらったわ。さあ、ゴブル~。悲しき庭師のゴブルちゃ~ん。我ら地獄商事が、あなたに最高の来世を提供してあげるわ~」
美女は、オラに真っ赤な名刺を手渡した。『地獄商事㈱ 営業主任 メフィスト』と書いてある。
「性懲りもなく、また現れたな、メフィスト!」
エフさんが、敵意剥き出しで身構える。すると――
「こら~! 悪魔~! 爆音が聞こえたから、まさかと思って来てみたら、やっぱりお前か~!」
――今度は、河原の果てから、フリフリの衣装を着た若い女の子が駆けてきた。
「おお、アイちゃん。君、山のように溜まった報告書の作成をしなくてよいのかね」
「メフィスト登場となれば、オフィスで黙って仕事なんてしていられますかってのっ」
突然の出来事に、オラはしばらく状況を掴みかねたが、この美女は悪魔であること、この悪魔とあの二人は不仲であることは、おのずと判断が出来た。
「さあ、ゴブルちゃ~ん。外野は放っておきましょう。――モンスターに転生するなんて、簡単なこと。この契約書に一筆サインをすればそれでおしまい」
メフィストは、どす黒い紙を一枚出し、人骨の先端を削ったペンに、血生臭い朱色のインクを浸し、それをオラに優しく握らせた。
「ゴブルさん、悪魔にそそのかされては駄目です! その契約書にサインをすれば、望みの来世に生まれ変わることが出来るかもしれません。しかし、その生涯を終えた後、あなたの魂は地獄に堕ち、未来永劫悪魔の所有物となってしまうのです! 考え直して下さい! あなたは、来世では、誰もが羨む美しい顔を手に入れることが出来るのです!」
エフさんが、声を枯らしてオラを説得する。
「美しい顔? おい、渡し守ども。ならば聞くけど。お前たちの言う『美しい顔』とは何だ?」
メフィストが、問う。
「教えてあげるわ! 美しい顔っていうのはね、この雑誌に載っている、トンリン、チンリン、カンリン、みたいな顔のことよ!」
アイちゃんと呼ばれる若い女の子が、手にしていた雑誌をずいとメフィストの顔に突き付ける。雑誌には、若い美少年の写真。『歌って、踊って、魔法が使える、前代未聞のアイドルトリオ。トンリン! チンリン! カンリン! 三人揃って、トンチンカン!』と書いてある。
「ふん、何がアイドルだい。所詮は、魔法で作った美しさじゃないか」
「え、どういうこと?」
「見てな、小娘。ワタシが今からこいつらの魔法を解いてやる」
メフィストが雑誌に手のひらをかざすと、怪しげな光が雑誌に発光される。すると、雑誌の中の美少年たちの顔が、みるみるうちに醜い顔に変わった。
「キャあああ! トンリン、チンリン、カンリンに何をしたのおおお!」
「正体を暴いただけですけど? これが魔法を解いたこいつらの本当の顔よ。この雑誌を通して、実際に本人たちの魔法も解いてやったわ。おほほ。今頃、彼らのファンは騒然としていることでしょう」
「いやあああ! 騙されたあああ!」
推しアイドルの正体を見た途端、アイちゃんと呼ばれる女の子は、悲痛な悲鳴を上げ、絶望のあまり、その雑誌を河原に投げ捨てた。河原に投げ捨てられた雑誌のページが、風に吹かれて、虚しくペラペラとめくれている。
「あの~、メフィストさん――」
「何だい! この庭師、今取込み中だよ!」
「――オラ、書いただ」
「え。嘘でしょ?」
「お三人が、なにやらドタバタと争っている間に、オラは、契約書にサインをしただよ。ほら、これでいいだか?」
オラは、サインをした契約書をメフィストに見せる。
「……マジ? マジで? うっひょおおお! 滅茶苦茶あっさりと書いてくれたあああ! サンキューううう、ゴブルちゃ~ん! これで契約成立よおおお! 契約書にサインをしたら最後、悪魔の契約は二度と覆せないのよ、いいわねえええ?!」
メフィストが、血相をかえて喜ぶ。
『あああ、なんたることだあああ』
対照的に、渡し守の二人は、河原に膝をついて悔しがる。
「さあ、メフィストさん。約束通りオラをバケモノにしてくれ。どうせなら、人間とかけ離れた姿かたちをした、身も心も醜いモンスターなりてえ」
「オッケーよ、ゴブルちゃん。いっそワタシが、あなたのために、今から新種の最低最悪なモンスターを考えてあげるわ」
メフィストが契約書の裏面に、具体的なオラの来世を記し始める。
「え~っと、甲は、来世では、新種のモンスターに転生する。そのモンスターの姿は、見た途端に思わず目を背けたくなるような不愉快な醜さがあり、その性格は、邪悪で狡賢く、好んで人間を騙しては災難に陥れる。体は小さく、非力であるが、人を痛める道具や、一度に沢山の人を皆殺しにする道具を発明する技術に長けている」
と、ここまで書いて、メフィストは、ペンを止め、う~ん、と考え込み――
「う~ん、モンスターの名前をどうしようかな。そのまんま『ゴブル』でもいいけど、いまひとつ捻りがないわね」
――そう言って、先ほど河原に投げ捨てられたアイドル雑誌に目をやり――
「そうだ。あの下らないアイドルたちの愛称を拝借しちゃいましょう。……リン。っと、これでよし。さあ、ゴブルちゃん。あの世へ渡ったら、向こう側の係りの者にこっそりこの契約書を渡しなさい。そうすれば、あとは裏ルートから転生をするだけよ」
「きぃいいい! 悔しいいいい!」
「ゴブルさん、絶対に後悔しますよ!」
渡し守の二人が、歯噛みして、地団駄を踏んでいる。
♪♪~♪♪~♪♪~
その時、可愛らしい音楽が、河原に鳴り響いた。何の音だろうと思ったら、メフィストが携帯している通信機器の着信音だった。
「もしも~し。ワタシよ。今? 仕事中よ。まだ怒っているの? だから、浮気なんてしていないってば。うん、分かった、今から行けばいいのね。行けば機嫌を直してくれるのね。ねえ、聞いて。アタシ、契約をひとつ取ったのよ。今日は一緒にお祝いね」
突然しおらしい声音になったメフィストが、会話を終えて通信機器のスイッチを切った。
「やい、メフィスト! まだろくでもない男と付き合ってるのか!」
「あんた、絶対遊ばれてるよ! いい加減に別れなさい!」
「うるぜーな、バカヤロー! ワタシがどんな男と付き合おうが、お前らに関係ねえだろうがよ! ほっとけ、コノヤロー! ――じゃあ、ゴブルちゃん。ワタシ急用が出来ちゃったから、もう行くけど、あとは、大人しく渡し舟に乗って、あの世へ渡ってね」
「うん、分かっただ。……ねえ、メフィストさん、あんた、本当に悪魔か?」
「な、何よ、出し抜けに。どういう意味?」
「オラをバケモノにしてくれて本当にありがとう。オラには、あんたが神様に見える」
「や、や、や、やめてよ! どんな顔をしたらいいか分からなくなること言わないでよ!」
メフィストは、しばらく激しく動揺していたが、やがてオラを優しく抱きしめ――
「可哀そうなやつ……」
――と、小さく呟き――
「ゴブルよ。お前は、来世で世にも醜いモンスターに生まれ変わる。悪魔は人間どもとは違い、お前を絶対に裏切らない。契約は必ず守る。ただし、その生涯を終えた後、お前の魂は、未来永劫、地獄が所有することになる。お前の魂が二度と何者かに転生することはない。これも契約だ。仕方がない。いいわね?」
「……うん。分かっている」
「ただし、お前の遺伝子を後世に残すことは出来る。いいかい、ゴブル、よくお聞き。来世で何とかして人間の女と交われ。そして、どうにかしてその女に子供を産ませろ。どんな手段を使ってもいい、人間界にお前の子孫を残すのだ。はじめは一人でいい。邪悪な遺伝子を受け継ぐお前の子孫のことだ、瞬く間に繁殖に成功をすることだろう」
「邪悪な遺伝子を繁殖させる……」
「そうよ。お前の魂は尽きようとも、お前の子孫たちが、過去。現在、未来、あちらの世界、こちらの世界、あらゆる枠を飛び越えて人間界にはびこり、必ずや憎き人間どもを不幸に陥れてくれるわ。そして、お前の邪悪な子孫たちは、いつかきっと人間の心の中での繁殖に成功をする。そうすれば、人間どもは、同種同士で騙し合い、憎しみ合い、殺し合い、やがて勝手に滅びる。ゴブルよ。その時こそ、お前の人間への復讐は完結する。その時こそ、お前の勝ちだ」
「人間の女と交わる……分かった。オラ、やってみるだ」
「悪に、幸あれ」
――そうまくし立てると、メフィストは、どういうわけか、オラの唇に熱い口づけをし、爆音を轟かせて、煙の中へ消えて行った。
渡船場に着き、オラは渡し舟に乗った。渡し守のエフさんと、アイちゃんと呼ばれる若い女の子が、悲し気にオラを見送る。
「ゴブルさん、こうなってしまうと、なんとお声を掛けてよいやら……兎にも角にも、もう二度とお逢いすることはないでしょう」
「ほらほら、エフさん、アイちゃん。浮かない顔をしねえでくれ。オラの新しい船出だ。少しは明るく見送って欲しいだよ」
渡し舟が、渡船場を離れる。
「ゴブルさ~ん、さようなら~!」
「ばいば~い、ゴブルさ~ん!」
涙ながらに手を振る二人。あの二人には申し訳ないが、今オラの気持ちは、最高に晴れ晴れしている。賽の河原に佇む渡し守に向かって、オラは笑顔でこう叫んだ。
「おーい、ゴブル、ゴブルって、オラはもう庭師のゴブルじゃねえだよー! オラは新種のモンスター! この世で最も邪悪で醜いモンスター! その名も、ゴブリン! ゴブリンだー!」
おしまい。
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