生まれいずる時 10
視点=庭師のゴブル
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
庭師小屋に戻り、バドラーに酷い拷問を受けて気を失っているフリージアをベッドに寝かせると、オラは、あらためてこの国から逃亡する旅の支度をはじめた。
「……ゴブル、ここはどこ?」
四半時ほどして、フリージアが目を覚ます。ベッドから起き上がり、ふらふらと洗面台のほうへ歩いて行く。
「おお。フリージア、目を覚ましただか。ここはオラの庭師小屋だ。ああ、動いちゃ駄目だ。怪我に障る。まだ寝てるだよ」
「私ったら、体中血だらけ。……思い出したわ、私、執事部屋でバドラーから拷問を受けていたのだった。……嫌っ! 嫌っ! 助けてっ! 許して、バドラー様っ!」
恐怖の記憶が蘇ったフリージアが、発作的に激しく怯え始めた。
「落ち着け、フリージア。バドラーは、ここにはいねえ。バドラーが二度と君に危害を加えることはねえ。心配するな。あの男は、オラが、退治してやっただ」
フリージアに駆け寄り、ふらついて歩く彼女の肩にそっと両手を添える。彼女は徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
「ありがとう。もう大丈夫、一人で歩けるわ。それよりも洗面所で血を洗いたい。お水も飲みたい」
彼女は、洗面台に立つと血まみれの顔を洗い、コップに水を汲んでゴクリと飲み干し、それから、鏡に映った自分の顔をあらためて見た。バドラーに鞭で打ち据えられたその顔は、目や唇が球のように腫れ上がり、額や頬には、もう生涯消えることはないであろう切り傷が無数にあった。オラはフリージアの後ろから同じ鏡を見詰め、フリージアに同情をした。
「バドラーの野郎。あれほど美しかったフリージアの顔を、こんなに醜くい顔にしやがって……」
すると、フリージアが、鏡越しにオラを睨んで言った。
「……ねえ、ゴブル。この顔、そんなに醜い?」
「……いや。すまねえ。そうじゃねえ。そんなことねえだよ」
「でも、今、ハッキリと醜い顔って言ったじゃない? 」
「変な意味に取らねえでくれ。そういうつもりで言ったわけじゃねえ」
「て言うか、あんたより、まだましよね」
「……え?」
「聞こえなかった? こんなに醜い顔になっちゃったけど。もうこの顔は元には戻らないけれど、それでもゴブル、あんたのツラよりましだって、そう言ったのよ」
「フリージア。いったいどうしただ。様子が変だよ」
「答えなさいよ。私の顔と、あんたの顔、醜いのはどっち?」
「……オラだよ。間違いねえ。オラの顔のほうが何十倍も醜いだ」
「そうよね。この私が、あんたより醜い存在になるなんて、天地がひっくり返っても有り得ないもんね」
オラは、フリージアのことを、普段から人を外見で判断しない広い心を持った女性だと思い込んでいた。でもその広い心の正体は、自分は誰もが羨む美貌の持ち主であるとう確固たる自信の上に成り立っている、ある種の余裕のようなものだった。このように醜い顔に成り下がった今、どうやら彼女の心も、顔と同じく豹変をしてしまったようだ。ああ、可哀想なフリージア。彼女を理解してやれるのは、それこそ、もうこの世界中に、オラしかいねえだ。
「そんなことより、フリージア。急いで二人でこの国を出よう」
オラは、フリージアの手をぎゅっと掴む。
「この国を出る? どういうこと?」
「実は、お隣のベガ国が、このアークトゥルス国に奇襲戦を仕掛け、今まさに大軍勢がこちらに向かっているところだ」
「……嘘でしょう」
「本当だ。ここに居たら殺される。この城は間もなく落ちる。この国は今日中に滅ぶ」
オラは掴んだ手を引っ張り、彼女を裏口から出るように急かす。
「痛い。痛い。痛いってば。手を引っ張らないでよ。――おほほ。ゴブル、逃亡の必要はないわ。心配しなさんな。この国の勇敢な三人の王子が、ベガ国なんて蹴散らしてくれるから」
「三人の王子なんて、もうどこにもいねえ」
「……そうだったわ。第一王子のロータ様と、第二王子のジロール様が、行方不明なのだったわね。そもそも私がバドラーから拷問を受けたのもそれが理由だった」
「あの二人は、オラが殺した」
「……え? じゃあ、あの噂は本当だったの?」
「君との恋路を邪魔する糞バエどもは、オラが叩き殺してやった。ちなみに二人の死体は今フリージアが立っている真下。この庭師小屋の地下倉庫に放り込んある」
フリージアは、恐る恐る足元に視線を送り、
「ひゃあ!」
それから恐怖のあまり、ぴょんと飛び跳ねた。
「そ、そ、そ、それならば、第三王子のサブライ様がいるわ。あのお方なら、この国を、この私を、必ず守ってくれるはずよ」
「……サブライなら、ついさっき、オラがノコギリで首を切ってぶち殺したばかりだ」
「……今なんと?」
「サブライなら、殺したてホヤホヤだと言っただ」
「サブライ様を殺したあああ? あんた、なんてことをしてくれたのよおおお!」
ベガ国が攻めて来る、ロータとジロールはオラが殺した、そんなオラの告白に、子犬のようにブルブルと身を震わせていたフリージアが、サブアイのことを話した途端に、激しく咆哮をした。
「どうしただ、フリージア、そんなに取り乱して。オラ、何か悪い事でもしたか。すべては、君とオラの将来のために、良かれと思ってやったことだよ」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! 誰が、あんたなんかと結婚するか! サブライ様こそが、互いに将来を誓い合った、私の婚約者よ!」
「……やっぱりそうか。小屋裏で抱き合ってキスをしていたで、まさかとは思ったが。でも、どこかの誰かに『そんなことは無い。彼女はきっとオラのことを好きな筈だ。お互いの気持ちを確かめ合うべきだ』と助言されたような記憶があって……」
「耳の穴かっぽじってよく聞け、この低能野郎! サブライ様はね、いつか身分の壁を乗り越えて、侍女の私と結婚してくれるって約束をしてくれたの! 私たちは、時々庭師小屋の裏口で密会をしては、愛を深めていたの! 私がずっとお慕いしていた殿方は、サブライ王子だったの!」
「あわ。あわわ。あわわわわ」
全身から血の気が引いた。混乱して、言葉をまともに発することが出来ない。
「この野郎! よくも私のフィアンセを殺しやがったな! 返せ! サブライ様を返せ!」
フリージアが、床に膝をついて泣き崩れる。
「すまねえ。すまねえ、フリージア。オラ、てっきり君がオラのことを好いてくれているとばかり……」
「そんなわけねーだろ! 自分の顔を鏡で見てから言いやがれ!」
彼女の言葉が、どんどん荒くなる。よほど悔しいのだろう。ああ、オラは、とんでもないことをしてしまった。
「許してくれ。本当にすまねえ、フリージア」
オラは、どうしてよいか分からなくなり、とりあえず正面からフリージアの小さな肩を、ひしと抱きしめた。
「触るな、このバケモノ!」
フリージアが、反射的にオラの手を跳ね除けて逃げる。
「……なんだとおお?」
目の前が、真っ白になった。
「私に指一本触れるなと言ったんだ、汚らわしいバケモノめ!」
オラの中で、何かが、弾け飛んだ。
「あはは。あはははは。どいつもこいつも、人のことをバケモノ、バケモノって、まったくよおおお。上等だ、このアマあああ!」
フリージアに飛び掛かり、彼女の衣服をビリビリに引き裂く。
「キャーー! やめてーー!」
「黙れ! 犯してやる!」
オラは、フリージアの体を組み敷きながら、ズボンのベルトを外し、下着から性器を取り出す。
「覚悟しろ、この侍女め! 汚らわしいバケモノの体液を、今からお前に注いでやる!」
嫌がるフリージアの股を力任せに開き、彼女の体内に熱き性器を――
その時、唐突にオラの最期が訪れた。
何者かの鋭いサーベルが、背後からオラの胸元を貫いたのだ。
「隊長。こいつは騎士ではありませんぜ? この格好からして、たぶん庭師です」
「構わぬ。アークトゥルス国の民は、一人残らず皆殺しにしろとの、司令官様のご命令だ」
ゆっくりと首を後方にひねると、ベガ国の鎧を身にまとった二人の騎士が、立ち話をしていた。恐らく若いほうがオラを刺した騎士、年配のほうが隊長だろう。
慌ただしい気配がする。耳を澄ますと、たくさんの馬の足音、騎士たちの雄叫び、城内の者達の悲鳴が聞こえた。どうやら、城に到着したベガ国の大軍勢が、総攻撃を始めたようだ。
オラを刺した騎士が、胸元からサーベルを引き抜く。オラは、フリージアに覆い被さるように倒れる。
「うわ~、見て下さい、隊長。この庭師の顔。思わず目を背けたくなるほど醜い顔だ」
「おい、雑魚に構うな。急いで国王の首を取るのだ」
「げげげ。庭師が犯していた女も、負けず劣らず醜い顔。ひゃ~気持ちワリい。拷問でも受けたのか、顔じゅう傷だらけだ」
「何? 顔じゅう傷だらけとな?」
「はい」
「その女を捕らえよ。司令官様に献上する。きっとヨダレを垂らしてお喜びになるわ」
「え? 女を献上するなら、この城内にはもっと上玉がゴロゴロいるはずですぜ。なんでまた、こんな醜い女を?」
「けけけ。司令官様はな、負傷した女や、病に苦しむ女を、命が尽きるまで、ネチネチと犯すのが好きなのだ」
「ひゃ~。いろんな趣味があるもんだ。おい、女! 立て! 喜べ、こんなに醜い顔だけど、貴様は、司令官様の御馳走なんだとよ!」
「いやーーー! やめて―ーー! 誰か、助けて―――!」
騎士たちに連れ去られるフリージアの悲鳴を聞きながら、今度こそオラは絶命した。
つづく。
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