生まれいずる時 8
視点=庭師のゴブル
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
ビシッ! ビシッ! ビシッ!
執事部屋の室内では、バドラーが振るう激しい鞭の音が鳴り響いていた。
「痛い! やめて下さい、バドラー様! 何度も申している通り、私は何も知りません!」
「正直に申せ、フリージア! お前が、あのゴブルと仲間になって、ロータ様とジロール様を亡き者にしたことは、城中の者の知るところだ!」
ビシッ! ビシッ! ビシッ!
「ゴブルめ! あの人でなしめ! 皆で面白がって殴り続けていたら、勝手に死に腐りやがって。死人に口無し。ならば、ゴブルと親しかったお前から真実を聞き出すしかなかろう!」
ビシッ! ビシッ! ビシッ!
「恥を知りなさい、バドラー様! このことは、必ず第三王子のサブライ様に報告させていただきます!」
鞭で服をビリビリに切り裂かれ、体じゅうをミミズ腫れにしたフリージアが、バドラーを睨み、激しく責め立てる。
「黙れ、下級貴族の小娘が! 侍女が! 女中ごときが!」
ビシッ! ビシッ! ビシッ!
「このバドラー様に盾を突こうなんて百年早いわ!」
ビシッ! ビシッ! ビシッ!
「少しばかり顔が綺麗だからっていい気になりやがって! お前の顔なんて、こうしてくれるわ!」
ビシッ! ビシッ! ビシッ!
フリージアに毅然とした態度で詰め寄られ、逆上し常軌を逸したバドラーが、彼女の美しい顔を鞭でいたぶり始める。
「ぎゃあああ! 助けてええええ! 誰かあああ!」
フリージアが悲痛な叫び声が、広い執事部屋に無慈悲に響いている。
― ― ― ― ―
オラたちは、その惨劇を架空から見下ろしている。
「ゴブルさん。彼女がこのような酷い拷問を受けているのは、誰の責任ですか? さあ、現世に戻って、彼女がきせられている無実の罪を晴らすのです」
エフさんが、氷のように冷たい表情で、オラに言った。
「エフさん、一大事だ! オラ、行かなくちゃ! オラ、一刻も早く現世へ戻らなきゃ!」
「ロータ王子の死。ジロール王子の死。あらぬ疑いを掛けられ拷問を受けるフリージア。すべては、あなたの浅はかな正義感が撒いた種。あなたの罪は、あなたが償うべきです」
「オラ、今すぐに現世に戻りてえ。エフさん、いったいどうすれば、ここから現世に戻ることが出来るだ?」
「あそこにある光の穴に飛び込んで下さい」
エフさんが、何もない宙を指差すと、突如としてそこに七色の光の穴が現れる。
「あれこそが、現世へと続く時空の裂け目です。あの穴に身を投じれば、あなたは現世へ――」
エフさんの説明も途中聞きのまま、オラは、現世へと続く光の穴に勢いよく飛び込む。
「おーい、ゴブルさーん! 健闘を祈りまーす! くれぐれも早まった行動、軽率な行動は慎んでくださいよー!」
背後から、エフさんの忠告が聞こえた。
― ― ― ― ―
臭い。
なんとも耐え難い悪臭だ。
自分の嘔吐物の臭いで、オラは目を覚ます。それからしばらく仰向けのまま、庭師小屋の天井を見ていた。自分の鼓動に耳を傾けてみる。鳴っている、よし、生きている。オラは、無事に蘇っただ。
起き上がろうと、体を反転させてみる。ああ、重い。なんて重い体だろう。あらゆる関節に足枷を装着されたみてえだ。まるで言うことを聞かねえ。
がんばれ。いつまでも呑気にここに寝転がっている場合じゃねぞ。
気力を振り絞って起き上がる。うわ~、全身血まみれだ。あちらこちら骨が折れているようだが、幸いにして不思議と痛みを感ねえな。よし、段々と体の自由が利くようになってきただ。
「さ~あ、バドラー。首を洗って待ってろよおおお」
オラは、ノコギリや刈込バサミの入った革袋を腰に巻き付け、庭師小屋から表へ出た。
― ― ― ― ―
領内の外れにある庭師小屋から、執事部屋のある城へと向かう途中、第三王子のサブライを発見した。丸太で組まれた高い物見台のてっぺんに昇って、何やら遠くを眺めている。
三人兄弟の三子。その性格は、勇敢で、誠実で、誰にでも優しいと城内ではもっぱらの評判だが、何を言わんや、こいつは、フリージアをたぶらかし唇を奪った糞野郎だ。
「サブライ王子、こんにちは~」
オラは、地上から物見台のてっぺんにいる彼を見上げて、笑顔で声を掛ける。
「やあ、ゴブル、こ、こんにちは」
つい数時間前に、フリージアとの一件をオラに目撃されたサブアイが、明らか動揺をしている。
「いや~、今日は良いお天気ですな~。そんなところで何をされているだか~? 日向ぼっこでもしているだか~?」
いつものように、おつむが弱い使用人を装い、数時間前に目撃したことなどすっかり忘れているふりをして、陽気に話し続けた。
「いや、違うのだ。地平線の向こうに怪しい砂ぼこりが上がっている。あれは、ひょっとすると隣国の軍勢かもしれな。ほら、ゴブル、そこから見えないか?」
サブライ王子は、オラに対する警戒心を解き、草原の果てに見える小さな黒い影を指差した。
「へえ。ハッキリ見えます。おっしゃる通り、あの影は、ベガ国の軍勢でさあ」
「本当か!」
「ケモノ並みに目が良いでオラが言うだで、間違いねえ。お隣のベガ国は、アークトゥルス国への大侵略を決行し、大軍勢を率いてこちらに向かっているだよ」
そう言いながら、オラは、腰袋からおもむろにノコギリを取り出し、物見台を支える四本の丸太のうちの一本を淡々と切り始めた。サブライ王子は、夢中で地平線の果てを凝視し、オラの行動にまるで気が付いていない。
「大変だ。これは、奇襲攻撃だ。直ちに戦支度に掛からねば。兄上二人が未だ行方不明なのは心細いが、今はそんな弱音を吐いている場合ではないぞ」
「サブライ王子、この戦、勝てますか?」
ギーコ、ギーコ、ギーコ……
「分からぬ。こうなってしまった以上、ただ最善を尽くすのみだ。たとえこの命尽きようとも、戦場で死ぬのであれば、騎士として本望よ」
「戦場で死ぬのであれば本望? ほう、それは無念でごぜえますな」
ギーコ、ギーコ、ギーコ……
「無念?……おい、ゴブル! そこで何をしているのだ!」
「残念ですな~、戦場で華々しく死にたかったですか~。ああ、無念。サブライ王子は無念。だって、今からオラに殺されるのだから」
ギーコ、ギーコ、ギーコ……
「うわああああ!」
丸太を切断すると、物見台がミシミシと音を立てて崩壊した。
「うううう。おのれ、ゴブル。いったいどういうつもりだ」
崩壊時に空中に放り出されたサブライが、地面に全身を激しく打ち付けて悶絶している。
「思い知ったか、サブライ。オラの未来の妻、フリージアに近づき、嫌がるフリージアの唇を強引に奪った罰だ」
「……フリージア。そうか、お前は彼女のことが好きだったのか。同じだな。私も彼女のことが大好きだ。卑怯者め。彼女を奪いたいのなら、なぜ正々堂々私と勝負をしない」
「黙れ。これがオラの真っ向勝負だ」
痛みにもがき苦しむサブライが、オラの目を一心に見詰め、絞り出すようにこう言った。
「……ゴブルよ。君は、今日までどんな人生を送って来たのだ? どうしたらこんな歪な心の人間が出来上がるのだ? 可哀想に。ゴブル、君はなんて可哀想な人なのだ」
この言葉に、オラは無性に苛立ち、手にしていたノコギリで、衝動的にサブライの首を切りはじめた。
「うぎゃああああああ!」
大量の血しぶきが、あたり一面に飛び散る。
「オラに同情するな。オラは可哀想なんかじゃねえ。可哀想なのはお前だよ、サブライ」
憎きバドラーを殺しに行く途中、たまたま見かけたこの国の第三王子の首を、ことのついでに、オラはノコギリでぶった切った。
つづく。
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