生まれいずる時 7
視点=庭師のゴブル
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
「おい、誰か! 誰かおらぬか! 皆の者、ゴブルを引っ捕らえよ!」
オラは、間違っちゃいねえ。オラは、何も悪いことなどしちゃいねえぞ。全ては、フリージアのため。全ては、フリージアの幸せのためにしたことだ。
全力疾走で、庭師小屋の方へ逃げる。庭師小屋に向かいう途中には、オラが見つけたケモノ道がある。オラは、そのケモノ道に紛れて追手の者を撒いた。
逃亡しよう。こうなってしまった以上、荷物をまとめて、この城から逃げるより他はない。ただし、心残りは、フリージアのこと。心配だ。彼女は、オラ無しで生きて行けるのだろうか。ああ、フリージア。出来ることなら君と一緒にこの国を飛び出して、遥か遠くの国で、君といつまでも仲睦まじく暮らしたかった。
息を切らせて走り続け、やっと庭師小屋に到着をした。オラは表の玄関から小屋に入り、急いで荷物をまとめ、裏口から出た。
その時だ。
オラは、フリージアとよく相談事をした二つ並んだ木の切り株のところで、信じられない光景を見た。
オラ、自分の目を疑っただ。何故ならそこで、フリージアと、この国の第三王子のサブライ様が、抱き合ってキスをしていたのだから。
「きゃあ!」
扉を開く音でオラに気が付いたフリージアが、驚いて短い悲鳴を上げる。
「き、き、き、君は、庭師のゴブルだね。なあ、ゴブル、お願いだ。このことは見なかったことにしてくれないか」
サブライ王子が、フリージアを庇うように、オラと彼女との間に立ちはだかる。
え? なに? どういうことだ?
呆然と立ち尽くすオラを置いて、二人はそこから逃げるように立ち去った。
「あそこにいたぞ! ゴブルだ! 引っ捕らえよ!」
後方からバドラーの声がする。やべえ、オラ、見つかっちまっただ。大勢の使用人たちに取り押さえられ、オラは庭師小屋に連れ込まれる。こりゃあ、拷問のパターンだな。案の定、オラは使用人たちに取り囲まれ、バドラーの指示のもと、殴る蹴るの暴行を受ける。
「正直に言え! 貴様、ロータ王子と、ジロール王子に、何をした!」
「知らねえええ! オラ、知らねえええ!」
「二人の王子はどこだ!」
「知らねえええ! オラ、何も知らねえだよおおお!」
ふん。ロータとジロールの死体は、てめえらの足元の下だ。よっぽどそう言ってやりたかったが、その度に、フリージアのことが頭をよぎり、この件でフリージアが思わぬ被害を受けることを恐れ、ぐっと我慢をした。
なかなか口を割らないオラに対して、使用人たちの集団リンチは、おのずと残虐を極めた。
ああ、殺される。オラは、この城の同じ使用人仲間に、虫けらのように殺されるだ。
さようなら、フリージア。
オラは、――君の恋人は、今日ここで、君の幸せを願って死んで行くだよ。
いや、待て。
恋人?
フリージアの恋人?
まさか、サブライ王子が?
庭師小屋の床で頭を抱えて丸まっているオラに、この城一番の肥満体のコック長が、大きなフライパンで、連続でオラの体を殴打する。徐々に薄れて行く視界に最後に映ったのは、バドラーの薄ら笑い。
「ぺっ!」
バドラーがオラの顔めがけて唾を吐く。
生臭い唾液が目に入る。
憎き男の唾液の温度を眼球に感じながら、オラは意識を失った。
― ― ― ― ―
気が付くと、賽の河原にいた。
そして今、オラと、三途の川の渡し守のエフさんは、庭師小屋にいる。
「――エフさんと出逢ってから以後のことは、話す必要はねえだな」
白目を剥いて泡を吹き、瀕死の状態で仰向けに倒れている自分の肉体を、地面から三メートルほど上空から眺めつつ、オラは、エフさんに、この状況に至る経緯を話し終えた。
「……はじめてです」
エフさんが、深い溜息と共にそう言った。
「何がはじめてだか?」
しばらく沈黙していたエフさんが、やっと口を開いたので、オラは少しだけホッとして、エフさんに尋ねた。
「僕は、今日までたくさんのワンダラーのサクセスストーリーを聞いてきましたが、これほど救いようのないお話を聞いたのは、これがはじめてだと言うことです。
それにしても、ゴブルさん、僕は、第一印象で、あなたを純粋無垢な人だとお見受けしましたが、一連のお話をうかがって、あなたには隠された稀な才能が二つあることに気が付きました」
「オラに才能?」
「はい。それは、ずる賢く人を騙す才能。それから、人を殺戮する道具を発明する才能です」
おや、庭師小屋の床に転がる私の肉体が、ピクピクと痙攣をはじめた。
「ほら、ゴブルさん、見て下さい。あなたの肉体が、力を振り絞り、生きようともがいていますよ。――僕は確信をしました。これまでの経緯を伺うと同時に、今まさに起きている厳しい現実を踏まえると、やはり、あなたは蘇るべきです」
「何故、エフさんは、そこまでオラを応援してくれるだ? 教えてくれ。オラ、頭がワリいから、自分の人生を振り返ってみたものの、正直言って、これからいったいどうしていいだか分からねえだよ」
「よろしい。ゴブルさん、あなたには、すみやかに蘇り、やるべきことが、三つあります」
「やるべきこと?」
「はい。先ず、一つめは、フリージアさんの本当の気持ちを、直接彼女に確かめることです」
「確かめるも何も、フリージアは、第三王子のサブライ様と、抱き合ってキスをしていただよ?」
「嫌がっているところを無理矢理迫られ、強引にキスを奪われたのかもしれない。あるいは、ゴブルさんとサブライ王子の、どちらを選ぶかで迷っている時期における、ほんの出来心だったのかもしれない。そもそも、あなたは、彼女の本当の気持ちを、直接彼女の口から聞いたのですか?」
「いやあ、まあ、それは、何となく、それとなく……」
「あなたは、彼女に『サブライ王子をお慕いしているから、ゴブルさんとはお付き合いを出来ない』とお断りをされたのですか?」
「う~ん、そんなことはねえけれど……」
「すべては、憶測の域ではないですか? すみやかに蘇り、フリージアに確かめるべきです」
「う~ん、分かった。やってみるだ」
「それから、あなたが蘇ってやるべきことの二つめは、フリージアさんを連れて、一刻も早くこの国から逃げることです。実は、まだ城内の者たちは誰も気が付いていませんが、お隣のベガ国は、既にこのアークトゥルス国への大侵略を決行し、大軍勢を率いてこちらに向かっています。この国に、ベガ国の奇襲攻撃に耐えうる軍事力はありません。悲しいですが、この城は、本日中にも落ちます」
「な、な、な、なんだとおおお」
「ゴブルさん、彼女を連れて、この城から落ち延びるのです。それが出来るのは、あなたしかいない」
「こ、こ、こ、こいつは大変だああ」
「そして、あなたが蘇ってやるべきことの三つめは――」
そう言いかけて、エフさんは私の手を握り、ビュンという一陣の風のような音を立て、私を連れ、憎きバドラーのいる執事部屋へと瞬間移動をした。
― ― ― ― ―
ビシッ! ビシッ! ビシッ!
執事部屋の室内では、バドラーが振るう激しい鞭の音が鳴り響いていた。
「痛い! やめて下さい、バドラー様! 何度も申している通り、私は何も知りません!」
「正直に申せ、フリージア! お前が、あのゴブルと仲間になって、ロータ様とジロール様を亡き者にしたことは、城中の者の知るところだ!」
なんと、両腕を縄で縛られ、室内の剥き出しの梁に吊り上げられたフリージアが、バドラーに拷問を受けているではないか。
つづく。
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