生まれいずる時 5
視点=庭師のゴブル
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
手にしていた薪を炎へ放り込むと、オラは、この国の第二王子、ジロールの足元にひざまずいた。
「へえ。王子様、何か御用で?」
「退屈だ。ゴブル、私の前でワルツを踊ってみせろ」
「ご勘弁を。いつも申しておりますが、ご覧の通り、オラには、足の指が一本もねえ。ステップってやつが踏めねえ。ダンスは苦手だあ」
「黙れ。フリージアが来るまでの暇つぶしに、この国一番のダンスの名人が、貴様に直々にワルツの指導をしてやる。命令だ。踊れ」
「ご勘弁を~。ジロール王子、何卒、ご勘弁を~」
オラは、地面に頭を擦り付けて、出来るだけ無様に許しを乞うた。
「踊れ! 踊らねば、斬る!」
悪酔いしたジロールが、腰のサーベルを、慣れない手つきで抜く。
「ひいいいいい! かしこまりましたああ!」
オラは、顔を引きつらせて、これ見よがしに怯える。
深夜の植木畑、揺らめく焚火を背にして、オラは指の無い足をクネクネとひねりながら、社交ダンスのワルツを、さもパートナーがいるかのように、一人で踊り出した。
「い~ひっひっひっひっ~」
ジロールが、オラの下手糞なワルツを見ては、指を差したり、腹を抱えたりして、大爆笑をしている。
「よ~し、ゴブル。自分は道化師であると、声高らかに宣言してみろ」
「ピエロでござ~い! 庭師のゴブルは、ピエロでござ~い!」
「いいぞ、その調子だ。よ~し、ゴブル。次は、猿のように舞え」
ウキッ。ウキキッキ~。オラはジロールのリクエストに応え、猿の形態模写をしながら、滑稽に踊って見せる。
「い~ひっひっひっひっ~。いいぞ、お次は、豚だ。豚のように地面を這い回れ!」
ブヒッ。ブヒッ。ブヒブヒ、ブーブー。
「い~ひっひっひっひっ~。笑い過ぎて、腹がよじれそうだ~!」
深夜0時を過ぎた頃。ジロールはフラフラと前後不覚に陥り、焚火の前に倒れ伏すように酔い潰れ、やがて意識を失った。
― ― ― ― ―
「……オエ~、気持ちが悪い。おい、ゴブル、水だ、水を一杯くれ」
しばらくして、ジロールは目を覚ました。
「おやおや、ジロール王子、ワインを飲み過ぎてしまったようですね。さあ、冷たいお水です。たっぷりと飲んでくだせえ」
オラは、鉄製の檻の隙間から、コップになみなみと注いだ水を、ジロールに手渡す。ジロールは、オラからコップを奪うと、水をゴクゴクと一気に飲み干した。
「ジロール王子、いかがですか? 人生最後の水のお味は?」
「ぷは~、美味いっ!……って、今なんと? 人生最後の水?……て言うか、おい、ゴブル、いったい何だこの鳥籠のような囲いは!?」
酔っ払いのジロールが、やっと自分の置かれた状況の異変に気が付いた。
ジロールは、パンツ一枚にされて、オラが数日かけて秘かに製作をした巨大な檻の中にいる。鳥籠のように丸いアーチ状の檻。鉄格子には、有刺鉄線を細かく巻き付けてある。籠の底部の、丸い鉄板の上にしゃがみ込んでいたジロールが、格子を掴んで立ち上がろうとするが、有刺鉄線があるので、反射的に手をすくめる。ジロールの入った鳥籠は、巨大な炉の上にのせてあり、炉に薪をくべ、火を起こせば、鉄板を炎で温めることが出来る。
「これは、お前が、ラストダンスを踊るステージだ。どうだ、オラの力作だぞ。上出来だろう?」
「おい、ゴブル! 貴様、気が触れたか! 出せ! 今すぐ私をここから出せ! そうだ、フリージアは、どこだ! おーい、フリージア、隠れていないで、この人でなしを何とかせよ! はやく私を助けよ!」
「フリージアはいねえ。ここには来ねえよ。あれは、お前をここにおびき出すための口実だ。考えてもみろ、お前みたいな腰抜けスケベ野郎に、フリージアが身を捧げるわけがねえだろう」
「誰か! 誰か、助けてくれー!」
「叫んだって無駄だ。ここは、広大な領内の端っこにある植木畑。城内の連中に、声は届かねえ。ちなみに、オラは、ここで定期的に除草した草や剪定した枝を燃やしている。闇に浮かぶ焚火の火を不審がる者もいねえ」
「貴様、騙したな!」
「ジロール王子、二度とフリージアに近づくな」
「はは~ん、なるほど、そういうことか。私がフリージアにちょっかいを掛けていたのが気に入らなかったのだな。あい、分かった。私は、誓う。もう二度とフリージアに近づかない。フリージアは、貴様のものだ。なんなら、国王である父上に、貴様とフリージアとの婚約の許しを、私から申し出てやろう」
「それは、本当だか?」
「本当だとも。ゴブル、だから今すぐに私をこの檻から出すのだ」
「ありがてえ。この国の王様に二人の婚約を認めてもらえたら、もうオラたちの恋路は誰にも邪魔されることはねえ。ありがとう。ありがとう、ジロール王子。――というわけで~、オラは、今からお前を殺す」
「なんでそうなるのおおおおお!」
つづく。




