生まれいずる時 4
視点=庭師のゴブル
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
「この辺りかな? この辺りかな? さあ、ロータ、もたもたするんじゃねえ。自分の脳天を叩き割る位置を目測して、自分の口からストップと言うだ」
「ゴブル。勘弁してくれ。許して……下さい」
ロータが、いよいよ泣き出した。迫りくる死が恐ろしくて堪らないのだ。
「ああ、可哀そうなロータ王子。おやおや、小便までちびっているじゃねえですか。でも、安心してくだせえ。もうすぐです。もうすぐ死ねますからね。さあ、この辺りかな? この辺りかな? さあ、さあ、さあ、……うお~い、ロータ、いつまで黙っているだ。いい加減にストップと言うだあああ!」
「……ストップ。そこです」
どうやら観念したらしい。意気消沈して呟いた。
「ほ~う、この位置ですか? オラとしては、もう少し後ろかなと思ったが。でも、この国一番の剣の使い手、ロータ王子のご判断だ。オラ、お前を信じるだよ」
枝をしならせている紐を切るため、ポケットからナイフを取り出す。
「ロータ王子、今日は天気がいいですな~」
「……はい、大変良いお天気で」
「おや、ロータ王子。あそこに咲いている花はなんですか~」
「……はい、あの花は、ブーゲンビリアという花です」
「ロータ王子、オラの顔ってそんなに醜いか~?」
「……いいえ、そんなことありません」
「じゃあ、オラの顔は、美しいだか~?」
「…………」
「おい、ロータ、お前、どうせ死ぬだよ。正直に答えろ。オラの顔は醜いか?」
ここに来て、ロータ王子の顔つきが豹変した。死を悟ったのだろう。
「ぐはははは! 醜い! 醜くいったらありゃしねえ! てめえのツラを見ているとヘドが出るわ!」
「さようなら、ロータ王子」
ちょんと、紐を切る。
しなった枝は、びゅんと音を立て、ロータ王子に向かい、鞭のような曲線を描く。間髪入れず、先端に縛り付けた斧が、ロータ王子の脳天に突き刺さった。
パチパチパチ。
「お見事。王子の目測通りでございます」
オラは、ロータ王子の死体に拍手を送った。
― ― ― ― ―
ロータ王子の死体を、庭師小屋の地下倉庫にぶち込んだ後、オラはその足で、この城の使用人の長であるバドラー様のところへ向かった。
コン。コン。
豪華な彫刻の施された執事部屋の扉をノックする。
「誰だ?」
扉の向こうから、オラの両足の指を面白がって全て切り落とした、憎きバドラーの声がする。
「へえ。庭師のゴブルでごぜえます」
「ゴブルか。いったい、なんの用だ?」
「大きな声では申し上げにくいお話で。できれば直接お顔を見て話しをしてえだ」
「ならぬ。ワタシは今日、とても美しいスイレンの花を見た。貴様の醜いツラなぞ見たら、あの素晴らしいスイレンの記憶が汚れるわ。扉越しに小声で申せ」
「へえ。実は、第二王子のジロール様に、内々にお伝えして頂きたいことがあるだ」
「ジロール様に? よかろう、要件を申せ」
「今夜8時に、庭園の南東にある植木畑で、ご馳走を準備してお待ちしております、と」
「ご馳走、とな?」
「ジロール様のご馳走、すなわち、女子」
「食材の原産地は?」
「下級貴族の子女」
「料理名は?」
「フリージア」
「それは、結構なご馳走だ。ジロール様は、さぞ舌鼓を打って、お召し上がりになるであろう」
「バドラー様、この一件、どうぞ、あなた様の手柄にしてくだせえ」
「うむ。当然、ワタシの手柄であ~る」
― ― ― ― ―
夜8時。庭園の南東にある植木畑でオラが焚火をしていると、漆黒の闇の中から第二王子のジロールが、人目を忍んでこっそりと現れた。
「これは、これは、ジロール様。首を長くして、お待ちしておりました」
「庭師のゴブル、こんばんは。バドラーから話は聞いておる。この国の第二王子が、危険を省みずこうして来てやったぞ。さあ、喜べ。存分に感謝しろ」
「ありがとうごぜえます」
「さ~て、今宵は、私に大層なご馳走を準備しているとのことらしいな。ゴブルよ、お前は、運が良いぞ。私は今、たまたまお腹がペコペコだ。さっさと料理を出したまえ。今宵のメニューは、ほど良く熟れた果実と聞いておるぞ。い~ひっひっひっ~」
三人兄弟の次子。その性格は、キザで、陰湿で、女好き。剣術や馬術の稽古はさぼってばかりで、毎日若い令嬢を相手に社交ダンスの稽古に夢中だ。ジロールは、時々オラを呼び出し、人前に晒し者にしては、両足の指の無いオラに無理矢理ダンスを踊らせ、オラの下手糞な踊りを見ては、い~ひっひっひっ~、と耳に障るかん高い引き笑いで、あざけり笑うのだった。
「御馳走? はて、ほど良く熟れた果実とは?」
「あ~、じらすな! もう、まどろっこしいわ! フリージアじゃ! さっさとフリージアを抱かせろ!」
「へい。フリージアなら、オラが口酸っぱく言って聞かせたので、今宵、ジロール様にその身を捧げる覚悟は出来ているだ。ただ、いかんせん、舞踏会の宴の後片付けが長引いているようで、まだこちらに向かっていねえ。誠に申し訳ねえ。しばらくここで、ワインでも飲んでお待ちくだせえ」
オラは、屋外に準備したワイン樽から、直接ワインをグラスに注ぎ、それをジロールに手渡した。
「あ~もう、ムラムラする! 御馳走が待ち遠しいぞ!」
ジロールは、昂る気持ちを押さえるため、ワインをがぶがぶと鯨飲しはじめた。
夜10時。ジロールは、すっかり泥酔をしている。オラが黙々と焚火に薪をくべていると、顔を赤らめ、怪しいロレツで絡んきた。
「お~い、そこの、人でなし」
「……」
「おい、人でなし。貴様だ、ゴブル。私が呼んでいるだろう。返事をせよ」
「……人でなし?」
「貴様に決まってんだろ。貴様なんか、人間じゃねーんだよバーカ。い~ひっひっひっ~」
つづく。




