生まれいずる時 2
視点=庭師のゴブル
エフさんが目を丸くしている。鳩が豆鉄砲を喰らったうな顔とは、たぶんこういう顔のことを言うのだろう。オラは、ぐちゃぐちゃに絡まった過去の糸をほどくように、エフさんに話し続けた。
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フリージアは、下級貴族の子女で、王族に侍女として仕える女性だ。彼女の職業は、一般女中。女中は、使用人たちが食事や休息をとるサーヴァンツ・ホールで食事の手はずを整えたり、掃除や洗濯をしたり、家具を磨いて城全体をピカピカにしたりと、城内のあらゆる雑用をするのが仕事だ。
フリージアは、侍女にしておくにはもったいない美貌を持っている。世間で美女と称される女性のなかには、その外見に反して心の醜い者が多いが、フリージアは違う。彼女は、身も心も純潔で美しい女性だった。
オラが、バドラーやまわりの使用人たちに、チビだ、醜い顔だ、と鼻つまみ扱いされている時も、
「ゴブル。バドラーたちの言動を気にしては駄目よ。人は見た目じゃない。中身よ。あなたは、綺麗な心の持ち主。胸を張りなさい」
「元気出してね。私は、いつだってあなたの味方よ」
「悩み事があるなら、何でも私に言ってね。相談に乗るからね」
フリージアだけは、そうやっていつもオラに優しくしてくれただ。
そんなふうに美しく気立ても良い彼女を、まわりが放っておくはずがなかった。彼女は、頻繁に使用人の男性陣からプロポーズをされていた。でも彼女は、「私には、お慕いしている殿方がいます」と言って、どんな相手のプロポーズもキッパリと断っていたようだ。
そして「城内に、そんじょそこらの高級貴族の王子妃候補を凌ぐ美貌を持つ侍女がいる」という噂が、アークトゥルス国の三人の王子の耳に入るのに、多くの時間を要しなかった。
第一王子のロータ。第二王子のジロール。第三王子のサブライ。彼らは、国王の薦める高級貴族の王女候補たちをそっちのけにして、挙ってフリージアにプロポーズをした。
この時期、オラとフリージアは、お互いに悩みを相談し合う間柄になっていた。午後の仕事を終え、夜の仕事へと移る束の間の休憩時間に、庭師小屋の裏にある二つ並んだ木の切り株に腰を掛けて、オラたちは、ちょくちょく話しをした。仕事の悩み、将来の悩み、もちろん他愛のない会話もした。そして恋愛の悩みも……
「ゴブル、聞いて。私、三人の王子からプロポ―ズをされて困っているの」
「フリージア。それならば、いつものように『私にはお慕いしている殿方がいます』。そう言ってお断りをすればいいだよ」
「何度もそう断ったわ。でも聞き入れてくれないの。第一王子のロータなんて、日増しに横柄になってきている。そのうち乱暴をされないかと、私、恐ろしくて。それから、第二王子のジロールの、蛇のようなしつこさにも辟易している。もう、ノイローゼになりそうよ」
「フリージアがお慕いしている殿方には、このことを、相談しているのかい?」
「うん。最近人知れず密会をして相談に乗ってもらっているわ。……って、女の口から何を言わすのよ! いやだ、私、恥ずかしいわ!」
フリージアは、ぽっと頬を赤らめた。美しい。そして、なんといじらしい女性なのだろう。おや、なんだ、今のこの感じは? いや、あり得ないだろう? まさかフリージアがオラのことを……。オラはフリージアの気持ちを確認するべくこんな質問をしてみた。
「フリージア。君は、オラの顔をどう思う?」
「え。どうって?」
「醜い顔だとは思わねえだか? 見た瞬間に反射的に目を背けたくならねえか?」
「冗談を言わないで。次そんなこと言ったら、私、本気で怒るわよ。何度も言っているでしょう。人は見た目じゃない。中身よ」
フリージアの言葉が、これまでのオラの悲惨な人生の全てを、優しく包み込んでくれるようだ。思わず両目から熱い涙がボロボロと溢れた。
「でも、みんなは、オラのことを醜いと笑うだよ。オラ、幼い時からずっと虐げられてきただよ」
泣きじゃくるオラの顔を、彼女は、あらためてしばらくジロジロと眺め、
「うん。とてもチャーミングなお顔。自信を持って」
そう言って屈託なく笑い、オラの頭をヨシヨシと撫でてくれた。
この時、オラは、確信をした。
そして、オラが、フリージアを困らせる男どもから、彼女を守ってやる、そう強く心に誓った。
― ― ― ― ―
数日後。
オラは、早朝から剣術の稽古をしいる第一王子のロータの前を、さも偶然を装って通り過ぎた。
「おーーい! そこにいるのはゴブルじゃないか!」
三人兄弟の長子。その性格は、プライドが高く、乱暴者で、サディスト気質。この国一番の剣術の使い手でもある。ロータは、城内でオラを見付ける度に、オラを捕まえては、暴言を吐いたり、暴力を振るったりして、オラをオモチャにする。ほら、案の定、今日も剣の稽古を中断して、オラを呼び止めた。
「ひいいい! こ、こ、こ、これは、ロータ王子!」
オラは、あの暴君の嗜虐心をくすぐるように、できるだけ卑屈に怯える演技をして見せる。
つづく。




