生まれいずる時 1
視点=庭師のゴブル
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
「……これは酷い。見るも無残な惨状だ」
渡し守のエフさんは、地面に転がる血まみれのオラの肉体を見てそう言った。
「ね、エフさん、だから言っただ。見ての通り、オラ、もう死んでるだ。だから、どうか早くあの世へ行かせて欲しいだよ」
領土の八割が広大な草原である『アークトゥルス国』の、その中央にそびえ立つ城の領内に、オラとエフさんはいる。
「オラをリンチした使用人たちを庇うわけじゃねえけれど、数年前から始まったお隣の『ベガ国』との戦争の影響で、城内の使用人たちの気持ちも自然と殺気だっていたのかもしれねえ」
「それにしたってこのやり方は、さすがにむご過ぎます。よりによって同じ城で働く使用人のあなたを、集団でリンチするなんて」
オラの肉体は、石積みの高い塀で一帯を囲われた領内の、だだっ広い庭園の片隅にある庭師小屋の中で、白目を剥いて泡を吹き、瀕死の状態で仰向けに倒れている。オラは、ついさっき十数人の城の使用人から暴行を受けたばかりだ。
魂だけになったオラは、気が付くと三途の川というでっけえ川の流れる河原にいて、そこで渡し守のエフと名乗る青年と出逢った。エフさんは、彷徨える魂に、生きるか死ぬかの最終決断をさせるのが仕事らしい。オラとしては、死んじまったのなら、それならそれで、さっさとあの世へ行きたかった。
でもエフさんは堅くなに『あなたの肉体は、まだ死んでいない。生きたいという強い気持ちがあれば、あなたは蘇る』と言い張り、オラは、エフさんに半ば強引にこの現世へ連れて来られちまった。
そして今、オラたちは、地面から三メートルほど架空に浮いた状態で、陰惨なリンチの現場を見下ろしている。
オラの名前は、ゴブル。
歳は、30歳。
存在意義は、由緒正しきアークトゥルス城の庭園を管理する庭師であること。
血まみれの服。青痣だらけの肉体。口からプクプクと溢れ出る嘔吐物。エフさんは、現世に到着し、この陰惨なリンチ現場を目撃して以降、ずっとあっけにとられている。
「ほら、ゴブルさん、見て下さい、地面に転がるあなたのお顔を。思わず目をそむけたくなるほど醜く腫れあがっている。あなた、相当顔面を殴られたようですね」
「お言葉ですが、エフさん。オラ、棒切れやスコップで体を殴られただ。両腕でこうやって頭部を守っていたから、顔は一発も殴られてねえ」
「いや、でも、あんなに醜く腫れあがって……」
「エフさん、あんたも意地悪だな。ほら、魂になったオラの顔をよく見ろ。地面に転がる肉体と同じ顔をしているだろう? これは、オラの地顔だ。オラ、生まれつきこんな顔だ」
「こ、これは、大変失礼しました。いやはや、なんとお詫びを申し上げてよいやら」
「ははは。気にしねえでくれ。容姿のことを悪く言われるのは、こちとら慣れっこだ」
成人男性の半分ほどしかない身の丈。反射的に目を背けたくなる醜い顔。どれだけ勉学に励んでも、どれだけ上質な仕事をしても、ただ容姿が悪いというだけで、世間がオラに正当な評価をくれることはなく、さんざん蔑まれて来た。
「うわ。なんて残酷なことをしやがる。ゴブルさん、あなた、両足の指を全て切断されているではなでいすか」
エフさんが、手で口を覆って怯えている。
「あ、あれかい。あれは、今回のリンチで受けた怪我じゃねえ。今から一年前の怪我だ」
「えっ!」
「オラ、ここに勤めてからずっと、城内の使用人の長であるバドラーから虐めを受けていた。庭師の仕事は、植物の世話や館内の装飾をする他に、城へやって来る訪問客に城内をガイドする仕事があるだ。でも、オラ、庭仕事は大好きだが、人前で話すのは苦手だし、礼儀やマナーはなっていないし、おまけにこんな醜い容姿だし、訪問客を満足させるガイドが出来ねえ。バドラーは、そんなオラの仕事ぶりが不快で、オラを執拗に虐めたのだと思う。
バドラーの虐めに耐え兼ねたオラは、今からちょうど一年前、城から逃亡しただ。まあ、我ながらいとも簡単に捕まっちまったけどな。
馬小屋に放り込まれてさ。『二度と城から逃げられない体にしてやる!』なんてバドラーに言われてさ。馬の世話をして居る下男たちに囲まれて、両足の指を全て切断されちまった」
「このような暴力沙汰は、これがはじめてではなかったのですね」
「うん。ちょっとした拷問みたいなものは日常茶飯事だった。それでも、ここまで酷いリンチは、その両足の指を全部切られた時と、今回ので、二度目だ」
「ゴブルさん、先ほど賽の河原でお伝えした通り、あなたはまだ弊社のフェリーマンタブレットの死亡者リストにアップされていません。これだけ瀕死の状態でありながら、あなたの心臓は生きようと鼓動を繰り返している。それは恐らく、あなたが現世に何かしらの未練があるからだと思われます。生きたいという強い気持ちがあれば、今ならまだ、あなたは蘇る」
「いや~、だから、再三お伝えしているように、オラ、もう現世に未練なんてねえだ。オラ、これを機に、とっととあの世へ渡りてえだ」
「ゴブルさん。この場で僕を騙せても、自分の魂を騙すことは出来ませんよ。僕でよろしければお手伝いをさせて下さい。一緒に最善の最終決断をしましょう。お願いです。教えて下さい。あなたは何故このようなリンチを受けるに至ったのか。いったい何があったのか」
何があった?
エフさんに、そう尋ねられ、オラは、はたと考え込んじまった。
何があったって? そりゃあ、いろんなことがあったに決まっているじゃねえか。いちいち面倒臭いことを聞くんじゃねえよ。
でも、あらためて何が原因でこうなったのかと問われると、あれ、何故だっけ? 上手く思い出せねえ。駄目だなあ、オラ、頭ワリいから。
いや、そうじゃねえ。きっと物凄く辛いことがあったんだ。オラはこの悲惨な人生を生き抜くために、あまりにも辛い体験は、無意識に記憶から消し去るように自分の心を仕立て上げて来た。心が崩壊しないための防衛本能ってやつだ。
無かったことにした記憶を蘇らせてみるか。
いったい、オラに何かあった?
無い頭をひねって、振り返ってみろ。
なぜオラは、こんな目に遭った?
思い出せ。
オラの現世への未練って何だ?
オラは、自問自答をするように、エフさんに話し始める。
「フリージアという侍女がいるだ」
「フリージア?」
「彼女は侍女でありながら、高級貴族の王子妃候補を凌ぐほどの美貌を持つ女性だ」
「ふむ、ふむ」
「その美貌ゆえ、アークトゥルス国の三人の王子たちに、同時に交際を求められていた。第一王子のロータ。第二王子のジロール。第三王子のサブライ。揃いも揃ってフリージアにぞっこんだった」
「ほう、そのフリージアさんという女性は、ラッキーですね。誰と結ばれても王子妃間違いなしではないですか」
「ところが、ある日、長子のロータと、次子のジロールが、突然行方不明になった」
「え、三人の王子のうち、二人が行方不明? それは一大事ですね」
「うん。忽然と姿を消し、現在も行方は掴めていない。当然、城内は騒然となり、やがて、ある噂がはびこった」
「噂?」
「オラが、二人の王子を、人知れず殺したという噂だ」
「なるほど、使用人どもは、そんな根も葉もない噂を信じて、あなたに集団暴行を加え、瀕死の状態に追い込んだということですね。許せない!」
「でも、オラ、リンチされて当然だ」
「は?」
「だって、殺したの、オラだもん」
「え?」
「長子のロータと、次子のジロールは、オラが殺した」
エフさんが目を丸くしている。
つづく。




