人は見た目じゃない。中身だぜ
ここは、異世界の賽の河原。
僕は、エフ。「フェリーマンカンパニー」という渡船会社に勤める三途の川の渡し守だ。
嫌味な上司の命令で、あちらの世界から、こちらの世界に転勤をして来た。
今日も、最終決断補助者見習いのアイちゃんと共に、こちらの世界の奇妙奇天烈なワンダラーの対応に追われている。
♪♪♪~♪♪♪~♪~
午後3時を告げる時報サイレンが、賽の河原一帯に鳴り響くと、河原のあちこちで仕事をしている渡し守たちが、一斉に15分の休憩に入る。
僕より先にこの異世界支店で働いているアイちゃん曰く、ほんの一年までは、朝から晩までひっきりなしに渡し舟を往復させられ、休憩時間なんぞいっさい与えられなかったようだ。でも、そんなブラック体質の我が社も、昨今の世間の煽りを受け、働き方改革なんぞをしぶしぶ謳いだし、定められた時間に必ず休憩を取らないと、これまでとは逆に、社員を厳しく指導をするようになったとのこと。
改革当時は、それまでの習慣もあり、作業のキリが付くまで手を止たがらない者、なんとなくダラダラと作業を続ける者などが見受けられたが、最近は、みんな規則正しく休憩に入る習慣づけが出来てきたらしい。
彷徨人課のオフィスで、事務処理に没頭していた僕と、見習いのアイちゃんも、時報と同時に休憩に入る。
早いものだな。この異世界支店に転勤をして、もうひと月か。僕はオフィスの窓から、美しき三途の川を眺め、熱々のショッキングピンク茶をすすった。
「キャー! かっこいいー! 萌え―!」
おや、アイちゃんが、デスクの引き出しから雑誌を取り出して、熱心に見ている。
「アイちゃん、何をそんなに興奮しているの?」
「キャー、先輩、ほら見て! このアイドル雑誌の今月の巻頭特集、私の推しグループなんです! これを興奮せずにいられますかっての!」
ふふふ。生と死の間を彷徨う者と交渉をする最終決断補助者という専門職を目指す才女のアイちゃんも、休憩時間ともなればアイドル雑誌を夢中で読みふける普通の女の子なのだな。微笑ましい限りだ。
どれどれ? 僕は、アイちゃんの後ろから雑誌を覗き込んだ。見開きページ一面で、若く美しい顔立ちの魔法使いの少年三人が、頬を寄せ合い満面の笑みで、あちらの世界の昭和のアイドルばりのポーズを決めている。
「彼らこそは、歌って、踊って、魔法が使える、前代未聞のアイドルトリオ。愛称が、右の男の子から順番に、トンリン! チンリン! カンリン!」
……うわあ、愛称、ちょ~ダセえ。
「三人揃って、トンチンカン!」
……うおおお、グループ名も、鬼ダセえ。
「性格もそれぞれ、個性的なのです~。トンリンは、ちょいワル。チンリンは、ちょいエロ。カンリンは、ちょい几帳面」
……ちょいじゃない人、いないの?
「ほら見て、先輩。三人とも、この世のものとは思えないほど美しい顔をしているでしょう。貧相を絵に描いたような先輩の顔とは大違い」
「し、失敬だな、君は!」
「そうだ。休憩時間が終わるまで、トンチンカンの最新のヒット曲を聴きながら、インタビュー記事を熟読しよ~っと」
すっかり両目がハートマークのアイちゃんが、僕の苦言なんぞガン無視で、両耳にイヤホンを突っ込み、スマートフォンで音楽を聴き始めた。
「ふん。人は見た目じゃない。中身だぜ」
僕は、曲にノリノリのアイちゃんに向かって、負け惜しみを言った。
「え?!! なに?!! なんか言った?!!」
アイちゃんは、場違いな声の大きさで、たぶん現在イヤホンで聴いている音楽と同じ音量で僕に叫んだ。イヤホンで音楽を聴いている人あるあるだ。
「……ふん、ふん、ふふふ~ん、レッツゴーファイヤー、君のハートに火をつけて~」
おや、今聴いている推しアイドルのヒット曲を、鼻歌で歌い始めたぞ。どうやら音楽に夢中で、自分が結構な音量で歌っていることに気付いていないようだ。これもイヤホンで音楽を聴いている人あるある。
「……ふん、ふん、ふふふ~ん、君のハートに火をつけて~、君の家にも火をつけて~」
おや? 変な歌詞だぞ。家に火をつけちゃ駄目でしょ。
「……ふん、ふん、ふふふ~ん、そうさ~、僕は君の~、僕は君の~」
白馬に乗った王子様ってか?
「僕は君の~、王子が乗った白馬様~」
馬かい!
「今夜、君の耳元で~、愛を~、いななくよ~」
そこは、ささやけ! マジで馬かっ!
「B! A! S! A! S! H! I! 馬刺し!」
な、な、な、
「B! A! F! U! N! 馬糞!」
なんだこの歌!
これが異世界アイドルのヒット曲か……。さっぱり理解できん。何が良いのか微塵も分からん。いやはや、僕は、こちらの生活に馴染むことができるのだろうか。
アイちゃんのノリノリの鼻歌を聞きながら、湯飲みに残った熱々のショッキングピンク茶をゴクリと口に含んだ。あち。あちち。
つづく。




