すべてのいじめっ子が、三途の川の向こう岸に見るもの(後編)
「お、エフ君。その方、最終決断を終えたざんすね。ちょうど今、私のタブレットの死亡者リストに上がったざんす。さあ、小峠さん。早く手続きをして渡し舟に乗るざんす」
河原に下りると、渡船場にいる渡し守長が、いつものかん高い声で、僕たちに話しかける。
「うえええ、だっせえ着物。もっと派手なガラのないの? この白い三角の布、絶対に頭に巻かなきゃ駄目?」
「すみません。規則ですので。ご理解下さい」
小峠さんは、船が汚いだの、こんなポンコツすぐに沈没するだの、最後までぶつぶつ文句をいいながら、やっとのことで渡し舟に乗った。
定刻となった。たくさんの死者を乗せた渡し船が、渡船場を離れ、船頭の巧みな棒さばきにて、三途の川の向こう岸に向かって行く。僕は、こちら側の河原から、小峠さんを見送った。
渡し舟が、川の中ほどに達すると、行く手を阻んでいた濃霧が徐々に晴れる。
おのずと、向こう岸の景色、つまり、あの世の明瞭な景色が広がっていく。あの世の景色は、いつ見ても、絶景だ。
「うわあああああ! あいつだ! 向こう岸に、あいつがいる!」
その時、突然、船上の小峠さんが、大声を上げた。
「田中だ! 俺が高校の時にいじめ抜いた田中が、三途の川の向こう岸にいる! おーい兄ちゃん! 何故田中があんなところにいるんだ!」
なるほど、こちら側の河原から、あちら側の河原を、目を凝らしてよく見ると、学生服を着たひ弱そうな男の子が、あの世の河原に突っ立って、渡し舟の到着を、今か今かと待っている。タブレットで男の子の身元を調べる。確かに、小峠さんの言う通り、彼は小峠さんの高校時代の同級生の田中君だった。
「小峠さーん! 僕のフェリーマンタブレットの情報によると、同級生の田中君は、転校なんてしていません! 本当は、あなたに受けたいじめを苦に、自殺をしたのです! 当時の学校が、いじめの事実を隠ぺいしたのです! あれから田中君は、あなたがやって来る今日という日を、あの世でずっと待っていたのです!」
「おい、兄ちゃん! 頼む! 船を戻してくれ! 俺は、現世に戻りたい!」
小峠さんが、狭い船上で暴れまわっている。
「無理でーす! ファイナルジャッジは、覆りませーん!」
こちら側の河原から、僕は、川の中ほどにいる小峠さんに声が届くように大声で叫ぶ。
「おいおいおいおいおいおい! ににに兄ちゃん! 向こう岸の田中が両手に持っているあれ、あれは何だ!」
おや、本当だ、よく見ると、田中君が片手手に何かを持っている。
「小峠さーん! 田中君は、人間の排泄物がてんこ盛りになったバケツを持っていまーす! 恐らく彼は、あなたにバケツ一杯の排泄物を御馳走するつもりでしょう!」
「ぎゃあああああ! た、た、た、助けてくれええええ!」
「小峠さーん! いちいち騒ぎ過ぎでーす! この程度のいじめ、当時は普通だったしー! 隠しているだけで、本当は今も日常茶飯事なんですよねー! あなたが田中君にしたことを、今度はあなたがされるだけでーす! 怖がることは何もありませーん!」
「じょじょじょ冗談じゃねえ! おい! 船頭! 船を戻せ! ぶち殺すぞテメエ! 船を戻せこの野郎!」
小峠んさんが、無言で船を操縦する船頭に飛び掛かる。船上保安係の者が小峠さんを取り押さえる。
ずっと無表情だった田中君が、取り乱す小峠さんの姿を見て、ニンマリと笑った。
渡し舟は、まるで田中君に吸い寄せられるように、三途の川を渡って行く。
はー、まったく、ここに来るいじめっ子は、誰もがみんな、この調子だ。自分の犯した罪を、勝手に外部に投影し、勝手に苦しみ、何故か勝手に、自らを罰へ導く。
人間には、生まれながらにして罪の意識が備わっているという。「原罪」というやつだ。どんな悪人にも、罪の意識はある。現世で、自分の内面に潜む罪の意識をはぐらかすことが出来ても、死してなお、自分を騙し続けられる者はいない。生前の罰なんて、ほんの序の口。いじめっ子の本当の罰は、死んでから、はじまるのだ。
いじめは、生き物に組み込まれた本能である?
ふ~ん。でも天罰は下る。
人が集団で生きている限り、いじめを根絶することは難しい?
あっそう。でも天罰は下る。
いじめられる側にも問題があるのではないか?
だから? でも天罰は下る。
学校が、親が、少年法が、いじめの実態を隠蔽してくれる?
ところがどっこい。天罰は下る。
鬼畜以下の振る舞いをした過去の過ちなど、すっかり忘れて、別の人生を平然と送っている?
そいつぁあー良かったぁ。でも天罰は下る。
天罰は、下る。
絶対に、下る。
下る。
下るのだ。
「小峠さーん! あなたの罪でーーす! その罰は、あなたが受けましょーーう!」
「うぎゃあああああああああああああああ!」
こうして、映像クリエーターの小峠純平さんは、三途の川の船上で半狂乱になり、辺りを見っともなく這いずり回り、係の者に何度も取り押さえられながら、あの世へと消えて行った。
え? その後、小峠さんがどうなったかって?
僕は、現世とあの世の境目に存在する者。
渡船会社に勤める、しがない渡し守。
あの世のことは、知りません。
おしまい。