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ファイナルジャッジ!   作者: Q輔
現代編
32/58

赤い紙飛行機(後編)

「お久しぶりです、エフさん」


「数秒前にお別れしたばかりじゃないですか。山田さん、笑えない冗談はやめて下さい」


 フェリーマンタブレットを確認する。死亡者リストに、山田寛一の名前。


「いや~、三秒後の自分の気持ちなんて、分からないものですね」


 山田さんは、自嘲した。こうなってしまった以上、僕に出来ることは、渡し舟のある渡船場へ彼を案内する以外に何もない。「参りましょう」僕はそう言って、彼と一緒に渡船場へ向けて歩き始めた。


「……何故ですか」


 道すがら、山田さんに尋ねた。


「何故って?」


「玉砕した理由です」


「面白い質問ですね。生まれ育った国を守りたい。それ以外にありますか?」


「でも、あなたは、僕に、生き残ってみせると約束をした」


「気が変わったのです。きっかけは、それです」


 山田さんは、僕のタブレットを指さした。


「令和では、インターネットとやらで、瞬時にして世界と繋がれる。未来人の意識は、国境を越えている。あなたは、私にそう教えてくれた。私が生まれ育った国に、そんな素晴らしい未来が待っているのなら、今日ここで死ぬのも惜しくはない。愛する者たちの未来のために、潔く死のう。そう思ったのです」


 渡船場に到着した。受付で、多くの死者たちが列を成している。僕は、山田さんに列の最後尾に並ぶように指示をする。


「エフさん、この時代を生きる我々の『おおやけ』の意識は、結局『国』を越えることはなかった。

 愛する者のため、愛する家族のため、愛する故郷のため、そして、愛する国のため。ここが限界。『国』という単位が我々の『おおやけ』の限界なのだ。

 しかし、どうやら未来人は違うようだ。『おおやけ』の意識は『国』を飛び越え、『世界』へ、『地球』へ、『宇宙』へと広がっている。そうだろう?」


 ……何も言えない。返答に困る。


「そのインターネットとやらで、瞬時にして世界と繋がり、世界中の人々は、分かり合い、助け合い、愛を育み、人種や階級や思想や宗教を超え、毎日平和に暮らしている。きっと、そうなのだろう?」


 ……何も言えない。答えに窮する。


「……違うのかい?」


 山田さんが、僕の曇った表情から、察しはじめた。


「我々のしかばねから、世界中の人々が学んでくれるのだろう? 二度とこんな過ちを犯さないために、インターネットで語り継いでくれるのだろう? 違うのかい? なあ、エフさん、黙っていないで、何とか言ってくれよ」


 ……何も言えない。僕はただ、山田さんに無言で深々と頭を下げた。


「うーん、解せない。解せないなあ。エフさん、教えてくれ。では、そのインターネットとやらは、いったい何のためにあるのだ?」


 僕は、謝罪の姿勢を続けている。頭部に多くの視線をひしひしと感じる。恐らく周囲にいるこの戦争で死んだ大勢の死者たちが、山田さんの言葉に耳を傾けながら、僕を睨み据えているのだろう。


 悔しくて、恥ずかしくて、泣けてきた。未来人として、この時代の全ての人々に、申し訳がなかった。


「……エフさん、あなたを責めても仕方がない。すまなかった。どうぞ頭を上げてほしい」


 気を取り直した山田さんの優しい言葉。それでも僕は、謝罪の姿勢を続けた。


「死者の列が動き出しました。これから私は渡し舟に乗ります。友よ、別れの時です、どうか、頭を上げてください」


 頭など上げられようはずがない。もう山田さんの顔を真っすぐに見れない。


「……分かりました。もう言いますまい」


 頭上から、悲しげな諦めの声。


「では、最後にお願いがあります。いつだったかあなたに手渡した赤い紙飛行機、あれを未来の私の故郷の空に飛ばして欲しい。私は、そこに搭乗しています」



 ……私は、そこに乗っているのです。



 それが、別れの言葉だった。


 山田さんを乗せた渡し舟が、渡船場を離れるまで、僕は、頑なに謝罪の姿勢を続けた。


 こうして、僕は、大切な友を失った。



 ― ― ― ― ―



 翌日。

 

 現代に戻り、いつものオフィスで、昨日対応した戦時中のワンダラーたちの報告書の作成に追われていた。


 小休止。熱いお茶を入れ、休憩がてらPCのインターネットを立ちあげる。


 瞬時に世界中のあらゆる情報がトップ画面に現れる。


 いじめ、児童虐待、通り魔殺人、無差別テロ、ゲリラ事件、宗教戦争、思想戦争、第三次世界大戦……


 強い虚無感が、僕を襲う。


 なぜ殺し合う。同じ人間じゃないか。馬鹿げている。馬鹿馬鹿しくて涙が出る。


 何だかもう仕事が手に着きそうにない。PCを静かに閉じる。


 僕は、昨日山田さんに手渡された赤い紙飛行機を、スーツの胸ポケットから取り出した。


 オフィスの窓を全開にする。春の始まりを告げる申しわけ程度に温かい風が吹いている。


「友よ、準備はいいかい。離陸をするよ」


 僕は、紙飛行機にそう小さく呟いて、それを静かに大空へ放った。


 すーい、すーい、赤い紙飛行機は、三途の川の上空をしばらく漂い。


 すーい、すーい、そこから光のトンネルを潜って現世へ。


 瞬く間に国境を越え、朝鮮半島、中国、ロシア、アメリカ、ウクライナ。


 すーい、すーい、世界中を飛び回って、そして最後に山田さんの生まれ故郷へ。


 山田さんを乗せた真っ赤な紙飛行機が、故郷の空を飛んでいる。


 すーい、すーい、風に乗る。


 すーい、すーい、ゆっくり旋回。


 すーい、すーい、とつぜん急降下。


 すーい、すーい、そこから急上昇。


 瑠璃色の空を、すーい、すーい。


 あてもなく、すーい、すーい。


おしまい。

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