すべてのいじめっ子が、三途の川の向こう岸に見るもの(前編)
ここは、現世とあの世の境目、賽の河原。
僕は、この河原に建つ「フェリーマンカンパニー」という渡船会社に勤める三途の川の渡し守。
今日も、渡船場から沢山の死者を渡し舟に乗せ、あの世へと渡している。
僕は、エフと呼ばれている。
どうやら僕は6番目にここへ来た渡し守らしい。渡し守A、渡し守B……6番目の僕は、渡し守F。
恐らく、過去には別の名前があったと思われるのだが、まるで思い出せない。何故ここで働いているのか。いつここへ来たのか。何も憶えていないのだ。
気がついたら、ここで働いていた。まったくトホホのホだ。
ちなみに、渡し守の仕事は、実際に船に乗って死者をあの世へ渡す、いわゆる「船頭」ばかりではない。
乗船する死者の受付。死装束や三角頭巾の配布。乗船員数・出船時刻の管理。渡し舟のメンテナンス。などなど。仕事内容は様々。
僕は、数年前から最終決断補助者という仕事に就いている。
毎日現世とあの世の境目にある賽の河原で働いていると、時折、生者とも死者ともつかぬ、ワンダラーがふらりと訪れる。
ワンダラーが、三途の川を渡るか否かを決める。つまり「生きるか死ぬか」の最終決断をする。そのお手伝いをするのが、僕の仕事。
ファイナルジャッジヘルパーと言えば聞こえはいいが、まあ、事実上現場のトラブル処理係。
ほら、今日もこの賽の河原に、生者とも死者ともつかぬ悲しきワンダラーがやって来た。
お名前は?
「小峠純平」
年齢は?
「50歳」
あなたは何者ですか?
「俺は、映像クリエーター」
彷徨人課の受付の机に、僕たちは、差し向かいに座っている。事務的な僕の質問に、そのワンダラーは不愛想に答えた。
日本の着物とイタリアのギャングスタイルを融合させたようなファッション、髪の毛を緑色に染め、コバルトブルーのコンタクトレンズをしている。存在そのものが前衛的な男だ。
今日の天気は、あいにくの曇天模様。三途の川には、ミルクのような濃霧が立ち込めている。川の向こう岸が見えない。こんな日の渡船は、決まって難航する。船頭たちは、細心の注意を払って、死者をあの世に渡している。
たった今、この男から得た情報を、三途の川の渡し守だけが所有する特殊なタブレット、『フェリーマンタブレット』に入力をする。瞬時に、男の身元がヒットした。どうやら男は、ついさっき、居眠り運転が原因で、交通事故を起こしたようだ。
「ねえ、兄ちゃん、ここどこ?」
「ここは現世とあの世の境目、賽の河原です。あなたは、突然の事故で、自分の死を受け入れられず、生者とも死者ともつかぬワンダラーとなって、この河原を彷徨っているのです」
「うええ、俺、死んじゃったの? 交通事故? あ~あ、つまんねえ死に方しちゃったなあ」
「いや、あのね、こちらの死亡者リストには上がってませんからね。死んだと決めつけるのはまだ早い。正確には、あなたは死の一歩手間といったところです」
おや? タブレットに、小峠氏の直近の情報が、矢継ぎ早にアップされ続けている。彼は今、現世を賑わす話題の人のようだ。
「へー。小峠さん。あなた、先日、日本で開催された『万国博覧会』の開会式の映像を担当する予定だったのですね」
「そうなのよ。それがさあ。土壇場でクビになっちゃって。たまんねえよ、まったく」
「何かトラブルでも?」
「それがさ、90年代。俺がクリエーターとして駆け出しの頃。とあるマイナー雑誌で、俺、つい調子に乗って自分の過去の『いじめ自慢』を派手に語っちゃってさ。あろうことか、この令和の世に、それが蒸し返されちゃったの。まったく。いじめぐらい、みんなやってんだろ。勘弁してくれっっつーの」
「どんないじめをしたのですか?」
「高校の時、同級生の田中っていう、ちょっと頭の弱いヤツを、集中的にいじめていたよ。殴ったり、蹴ったり。あとは、俺の排泄物を喰わせたり。ぎゃはは」
「鬼畜道の住人ですら、ヘドを吐く所業ですね」
「そうかなあ? どいつもこいつも、いちいち騒ぎ過ぎなんだよ。この程度のいじめ、当時は普通だったし。今のガキ共も、隠しているだけで、実際のところ、日常茶飯事だと思うけどなあ」
「あなたが徹底的にいじめ抜いた田中君は、現在、どこで何をしているのですか?」
「んーなもん知るわけねーだろ。田中のやつ、高校二年の時、ある日突然、転校しちゃったんだ」
タブレットに、小峠氏の騒動の顛末の情報が、ひっきりなしにアップされて行く。
「ふむふむ。実に興味深い。『昔々あるところに、いじめっ子の映像クリエーターがいました』から始まる、まるで、夜寝る前の子供に枕元で読み聞かせをするお伽噺のような騒動ですね」
「だろ? 早く絵本にしろっつーの! ぎゃはは!」
「まあ、その内容が鬼畜の道をひた走っていて、ひたすら胸糞悪いだけなので、どだい絵本化などは無理でしょうけどね」
「無理じゃねーよ! さっさと俺に印税よこせっつーの! ぎゃはは!」
「それでも、『こうしてそのいじめっ子映像クリエーターは、せっかくの映像担当を辞任してしまいましたとさ。おしまい』で終わる、この小峠さんの一連の騒動は、現世の迷える子供たちに、実に分かりやすい教訓を伝える、最適の教材になったことは間違いないようです」
「この騒動の教訓?」
「いじめをすると必ず天罰が下る。人をいじめたことのある者。または、ひょとしてあれはいじめだったのかもしれない、と思われる行為をしたことのある者。その者達には、天が、いつか必ず、それ相応の罰を下す。まだそれらしき天罰が下っていない者は、これからの人生、いつ下されるとも分からぬ天からの制裁に、毎日恐れ慄きながら生活をするのだ。すべてのいじめっ子は、未来永劫その天罰に戦々恐々として生きるのだ。……という教訓です」
「ふん! 勝手に抜かせ!」
オフィスの窓から、三途の川が見える。濃い霧が徐々に晴れてきているようだ。
「時は来たり。小峠さん、ファイナルジャッジです。あなたは三途の川を渡りますか?」
「渡るさ。現世に戻たって、どうせバッシング続きだろうし。生きていても、もう楽しいこともなさそうだし」
小峠氏は、あっさりと自分の死を受け入れた。こういうワンダラーばかりだと、実に仕事が早い。個人的には、有難いことだ。
「承知しました。では、三途の川の渡船場に参りましょう」
「オッケー。なあ、兄ちゃん。あの世には、天使とか天女とか、いい女がごろごろいるんだろう? 俺、生前にいじめの罰は十分受けたぜ。あの世では毎日美女と酒池肉林と洒落込みたいよ」
「まったく、おめでたい人だ。本当の罰は、これからなのに……」
「え? 何? 何か言った?」
「いいえ。こっちの話です」
後編へ続く。