助けて、猫型ロボット!(後編)
このいじめの四層構造の理論に基づけは、私に限らず、すべての子を持つ親は、ある過酷な現実を突きつけられていることになります。
それは、この度の我が家のケースのように、自分の子供のクラスにいじめが発生したとして。幸いにして、自分の子供は、いじめの被害者ではなかった。とする。
その時、ああ、よかった、うちの子は、のび夫じゃなかった。と親はただ安堵しがちであるが、それは浅はかというもの。
いじめの四層構造によれは、、つまり集団は四種類の人間に分かれるわけだから、自分の子供が被害者でないのであれば、必然的に、加害者、観衆、傍観者のいずれかに属したことになるわけです。
つまり愛する我が子が、のび夫を殴ったり蹴ったり上靴を喰わせたりして、快楽を得るジャイ助。てめえなんか奴隷なんだよ! ちょーウケるんですけど! と笑いながらはやしたてるスネ吉。スマホをいじりながら、のび夫の悲鳴が轟くいじめ現場を、ただの風景のように通り過ぎるしず江ちゃん。のいずれかに属したということです。
これって、ある意味、自分の子供が、のび夫であった場合よりキツくないですか?
ああよかった、うちの子は、のび夫ではなかったと、胸を撫で下ろしますか?
いじめられるぐらいなら、ジャイ助のにように、たくましいのが一番?
いじめられるぐらいなら、スネ吉のように、したたかで賢い子であってほしい?
いじめられるぐらいなら、しず江ちゃんのように、馬鹿は相手にしない生き方が理想?
そもそも、この四層構造の中で一番マトモなのは誰なのでしょう?
また、この四層構造の中で一番常軌を逸しているのは誰なのでしょう?
この四層構造は、集団生活における自然現象であり、この集団は、いたって正常?
それとも、この四層構造に属する集団の、なにもかもが異常?
私は、自分の子供がいじめの被害者になってほしくはないけど、いじめの加害者や観衆、そして陰でいじめを増長させている傍観者にもなって欲しくなかった。
勉強も運動も出来る、幼い頃から素直な、私の自慢の息子でした。
何をやっても平均点で、いじめられっ子だった私からすれば、出来すぎた息子です。
そんな息子がいじめの傍観者に徹していたというのが、只々、ショックでした。
― ― ― ― ―
「難しい問題ですね」
僕は、深い溜息と共に、真田さんにそう言った。
「はい、考えれば考えるほど、導きかけた答えが消えていくのです」
僕につられるように、真田さんも、これでもかと深い溜息をついた。
「僕は、学校生活をしたことが無いので偉そうなことは言えませんが、言葉にすれば口が腐りますが、「スクールカースト」などという、そんな、親の扶養下にいる子供らの甘えた社会構造などに属さなくても、実際のところ、ごく普通に、毎日陽気に、学校生活などは送れるのではないしょうか。はなっから集団に期待しない『ここにいながらにして、ここにいない』という強い精神さえあれば」
「エフさん、失礼ですが、その考え方は、あまりに離れ業ですよ。誰もがそんな突飛な考え方で生きられるわけではないのです。子供たちはみんな『学校』という特殊な環境のなかで、地に足をつけて息づいているのです」
「す、す、す、すみません。軽率な発言でした」
「私は、これから息子をどのように教育して行けばよいのでしょう。とても迷っています」
「あの~真田さん。軽率ついでに、よろしいですか。あなたは、冒頭で国民的アニメの登場人物のお話をしましたが、ある重要な登場人物をお忘れでのようですね」
「重要な登場人物を忘れている? え、分からない。いったい誰だろう?」
「ちなみに、あなたは、先程自分の息子さんのことをそう呼びましたよ」
「……私からすれば、出来すぎた息子。なるほど! 出木杉君か!」
「希望的観測ではありますが、傍観者の中から、時に凛とした批判者が生まれることがある」
「その通りだ! 傍観者から生まれる批判者! 出木杉君という選択肢があるじゃないか!」
「そうです。屈することなき批判者の前では、加害者も観衆も抑制されるといいます」
「うーむ、出木杉君かあ。よし、出木杉君の方向で子供を教育してみるかあ」
真田さんの身体が半透明になり始めた。
「さあ、現世のあなたの意識が戻り始めたようです。外までお見送りしますよ。あとはただ光のある方へ歩き続けて下さい。そうすれば、あなたは現世に戻ります」
僕と真田さんは、社屋の階段を下り、屋外へ出た。早朝の太陽が目に痛い。
「よーし、出木杉君だ。出木杉君で行こう。しかし、エフさん、こいつはかなり難易度高いですよ。まあ、何とか子供と一緒にその方向でがんばってみます」
「健闘を祈ります! 息子さんと共に、前へ!」
現世の光に向かって歩き始めた真田さんを、僕は、ガッツポーズで見送った。
すると、去り際の真田さんが僕に、先程までのやる気にみなぎった顔とは打って変わり、とても冷静な表情をして、最後にポツリとこう言った。
「……まあ、私の息子が出木杉君になったところで、いじめそのものは、なくなりませんけどね」
それは、決して諦めの言葉ではなく、厳しい現実を受け入れた上で、それでも親子でいじめに立ち向かおうとする決意のように聞こえた。僕は、逆に真田さんがとても頼もしく見えた。
「真田親子! それでも、前へ!」
僕は、そう激励した。
「ありがとうエフさん! よおおおし! 真田親子! それでも、前へ! 真田親子! 前へ! 前へ!」
真田さんは、そう大声を張り上げながら、眩しい現世の光の中へ消えて行った。
― ― ― ― ―
オフィスに戻り、タブレットを確認すると、また、上司である渡し守ビーさんからの新着メール。
『昨日君が提出した報告書、念のためもう一度全部に目を通したら、是正事項が、追加で50項目ほど見つかったので送る。これらも含め、必ず本日中に全ての報告書を是正・再提出すること』
……ま、ま、ま、マジで、いじめかよ。
さらには、そのメールを読んでいる最中に、着信メール。
『追伸。突然ですが、君に出張を命ずる。日時は明日。行き先は過去。ちょうど第二次世界大戦の頃だ。戦争で生者とも死者ともつかぬワンダラーがうじゃうじゃいて、三途の川の収集がつかないらしい。よろしく頼むぜ』
いやいやいや、まったく、あの、クッソ上司ときたらああ、もおお……
「助けて、猫型ロボット!」
気が付くと、僕は、そう叫んでいた。
静寂が、オフィスを残酷に包む。
だ、だ、だよね~。前へ! 渡し守エフ! 前へ! 四次元ポケットなんてどこにもない。秘密道具なんてどこにもない。叫べども叫べども。猫型ロボットなんて、どこにもいないのだ。
おしまい。




