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ファイナルジャッジ!   作者: Q輔
現代編
25/58

私は死刑執行人、またの名を、人殺し殺し(後編)

 長い長い夜だ。


 可哀そうに、この人は、壊れかけている。


「谷口さん、その死刑囚の口車に踊らされてはいけません。相手は、殺人鬼です。きっと死刑にされる腹いせに、あなたを惑わして、楽しんでいたのです。あなたは、からかわれただけです」


「そうでしょうか?」


「それから、自分を『人殺し殺し』などと呼ぶのはやめましょう。あたなは、刑務官としての任務を遂行した。ただ、それだけです。それ以上でも、以下でもない」


「でも、実際に死刑囚の首に縄を通したのは、この私です」


「だから何ですか? あなたが『人殺し殺し』であるならば、まわりにいた同僚も、上司も、検事も、みんな『人殺し殺し』です。それどころか、絞首刑の縄を製作した会社も、刑場を設計施工した建設業者も、ボタンの作動を点検するエンジニアも、受刑者に死刑を言い渡した裁判官も『人殺し殺し』です。そして何より、死刑制度を容認している民衆が、一人残らず『人殺し殺し』です」


「……エフさん、もう私には、刑務官という仕事を続けて行く自信がありません」


「だったら、転職すればいいじゃないですか。転職の何がいけなのです? 簡単に言うなと怒られるかもしれませんが、なにごとも生きていればこそ。谷口さん、あなたは、この仕事の他に、やりたかった仕事はありませんか?」


「……転職かあ。実は私、昔から雑貨が好きで、雑貨屋さんになるのが、密かな夢だったのです。主に輸入雑貨を扱うお店です。好みの雑貨を海外から輸入して、国内で販売するのです」


「素敵な夢じゃないですか!」


「そうかあ……転職かあ……雑貨屋さんかあ。そうかあ、その手があったかあ!」


「さあ、時は来たり。谷口さん、ファイナルジャッジです! あなたは三途の川を渡りますか?」


「私は、生きたい! 生きて、素敵な雑貨屋さんになりたい!」


 その刹那、僕たちの前に、現世への光の道が出現した。


「了解しました! では、この光の道をひたすら歩いて下さい。そうすれば、あなたはいずれ現世に戻ります」


「エフさん、お話を聞いていただき、ありがとうございます」


 谷口さんは椅子から静かに立ち上がった。そして、光の道の入り口のとこで後ろを振り返り、最後にこう言った。


「でも、エフさん、私は、とても気がかりです。私が転職をしたら、今後は、誰が私に代わって死刑を執行するのでしょう? 民衆はみんな、どこかの誰かが、人知れず悪を闇に葬ってくれると勝手に思い込んでいます。でも、そのどこかの誰かがいなくなったら、いったい誰が、死刑囚の首に縄を掛けるのでしょう? 社会悪を憎む民衆が、挙って死刑囚の首に縄をかけてくれるのでしょうか? ねえ、エフさん、あなたに、私の代わりが出来ますか?」


 僕は、その問いかけに、答えることが出来なかった。


 やがて、谷口さんは、光の中へ消えた。


 途端に、どっと疲れが出た。完全に寝不足だ。それでも、死ななくてよい命を救うことが出来たのだ。結果オーライ。僕は、ほっと胸を撫でおろした。


 気が付くと、夜空が白みはじめていた。



 ― ― ― ― ―



 七日後。


 いつものように、三途の川の渡船場を巡回していた時、僕は、ここにいてはならない人を発見し、自分の目を疑った。

 あの日、確かに現世に戻ったはずの谷口さんが、死装束を着て、他の多くの死者と一緒に、渡し舟に乗る列に並んでいるのだ。


「た、谷口さん!」


 僕は、慌てて、谷口さんに駆け寄る。


「やあ、エフさん。今度は死にぞこなわないように、リストカットではなく、しっかりと首に縄を掛けましたよ。あの死刑囚と同じ死に方です。お陰様で、ほら、ごらんの通り、ちゃんと死ぬことが出来ました」


 白い三角頭巾を巻いた谷口さんが、青白い笑顔を見せる。


「なぜだ! なぜ戻って来た!」


「あれから、色々と考えたのですけどね、やはり私は、どうしてもあの死刑囚と話がしたい」


「雑貨屋さんの夢はどうなったのですか!」


「あの死刑囚が、あの世で私を待っている。私は、行ってあげなければならない」


「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! あなたは、死ぬべき人ではないんだ!」


「私とあの死刑囚は、もう他人じゃない。人殺しと、人殺し殺し、きっと分かり合える」


「何度言ったら分かるんだ! 死刑囚を殺したのはあなたではない! 民意だ! 人殺しを殺すのは、民衆なのだ!」


「彼は、私の友達だ。彼は、私の友達だ。彼は、私の友達だ……」


 谷口さんは、取り憑かれたように、渡し舟に乗った。駄目だ。この人は、完全に崩壊している。以前と同じことを、うわ言のように繰り返している。


「馬鹿野郎! 谷口淳たにぐちじゅんの大馬鹿野郎!」


 渡し舟が、渡船場から音もなく離れる。力なく曲がった手の平を、僕に向かってゆっくりと振りながら、谷口さんは、あの世へと消えて行った。


 他者の命を無慈悲に奪った殺人鬼には、みずからの命をもって償ってもらわなければなりません。

 

 なるほど、ごもっともです。


 死刑制度に反対をする者は、少しでも被害者やその遺族の気持ちになったことがありますか?


 なるほど、ごもっともです。


 ならば、僕は、あえて問いたい。


 死刑制度に賛成をする者は、少しでも死刑を執行する者の気持ちになったことがありますか?


 死刑囚に手錠をかけ、足を縛り、顔に布を被せ、首を縄にかけ、自らが絞首刑執行のボタンを押すことを、少しでも想像したことがありますか?


「馬鹿野郎おおおおおお!」


 三途の川に蠢く濃霧に向かって、僕は、声を枯らして叫ぶ。


 自分の叫び声が、頭の中で耳鳴りとなって鳴り響いている。


 鳴りやまぬやり場のない怒りに、僕は、ただ耳を塞ぐ。


おしまい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 死刑制度については考えさせられますね。 犯した罪の重さを考えた時、それ以外に償いようがないのか、本当にそうなのか。 もし自分の大切なひとが凶悪事件に巻き込まれても死刑は回避すべきと言えるのか…
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