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ファイナルジャッジ!   作者: Q輔
現代編
24/58

私は死刑執行人、またの名を、人殺し殺し(前編)

 ここは、現世とあの世の境目、さいの河原。


 僕は、この河原に建つ「フェリーマンカンパニー」という渡船会社に勤める三途の川の渡し守。


 今日も、渡船場から沢山の死者を渡し舟に乗せ、あの世へと渡している。


 僕は、エフと呼ばれている。


 どうやら僕は6番目にここへ来た渡し守らしい。渡し守A、渡し守B……6番目の僕は、渡し守F。


 恐らく、過去には別の名前があったと思われるのだが、まるで思い出せない。何故ここで働いているのか。いつここへ来たのか。何も憶えていないのだ。


 気がついたら、ここで働いていた。まったくトホホのホだ。


 ちなみに、渡し守の仕事は、実際に船に乗って死者をあの世へ渡す、いわゆる「船頭」ばかりではない。


 乗船する死者の受付。死装束や三角頭巾の配布。乗船員数・出船時刻の管理。渡し舟のメンテナンス。などなど。仕事内容は様々。


 僕は、数年前から最終決断補助者ファイナルジャッジヘルパーという仕事に就いている。


 毎日現世とあの世の境目にある賽の河原で働いていると、時折、生者とも死者ともつかぬ、ワンダラーがふらりと訪れる。


 ワンダラーが、三途の川を渡るか否かを決める。つまり「生きるか死ぬか」の最終決断をする。そのお手伝いをするのが、僕の仕事。


 ファイナルジャッジヘルパーと言えば聞こえはいいが、まあ、事実上現場のトラブル処理係。


 ほら、今日もこの賽の河原に、生者とも死者ともつかぬ悲しきワンダラーがやって来た。

 真夜中に、電話の音に叩き起こされた。


 夜間見廻りの者が、ワンダラーを一人保護したので、対応して欲しいとのこと。僕は、しぶしぶ緊急で会社に出勤し、嫌々タイムカードを押した。


 日本の刑務官が、自宅で自殺を図ったらしい。


 死にきれず賽の河原を彷徨っているところを保護され、僕のところへやって来たのだ。


 いつものようにいつものごとく、僕は、専用のタブレットを起動させ、ワンダラーの基本情報を入力する。


 お名前を教えていただけますか?


谷口淳たにぐちじゅん


 年は、おいくつですか?


「36歳」


 最後に、あなたの存在意義を教えて下さい。あなたは何者ですか?


「私は死刑執行人、またの名を、人殺し殺し」



 長い長い夜の始まりだった。



 ― ― ― ― ―



「フェリーマンタブレットの情報によれば、谷口さん、あなたは自宅の浴室でリストカットをしましたね。業務用の大きなカッターナイフで、手首を切った。幸いにして、死には至っていません。リストカットによる致死率は、極めて低いのです。生きたいという強い気持ちがあれば、あなたは現世に戻れます。さて、先ずは、自殺の動機を教えて下さい」


 自分の名刺を差し出した後、僕は、谷口さんに尋ねた。


「あの世に、人を待たせているのです」


 谷口さんはパジャン姿。腕や胸板の隆起からとても筋肉質な男性だと分かる。あの世に人を待たせている? いったいどいうことですか?


「つい先日、私は、初めて死刑を執行したのです。その時の死刑囚が、あの世で、私のことを待っている。人を待たすのは、とても良くないことです。なるべくはやく行ってあげるべきです」


 健康的な肉体に反して、その顔は、仮面を被っているかのように無表情。目はうつろ。発言の意図も、まるで掴めない。


「谷口さん、僕でよろしければ、詳しくお話を聞かせて頂けますか? あなたはまだ死ぬべき人間ではない。一緒に考えましょう。一緒によい答えを出しましょう」


 僅かに頷き、かすかに震える小さな声で、谷口さんは話し始めた。


 薄暗い彷徨人課さまよいびとかの接客机に、谷口さんの悲痛な告白が、漏れ広がっていく。



 ― ― ― ― ―



 私のようなノンキャリアの刑務官でも、十年以上在職していれば、死刑執行の任務は、いつ来てもおかしくない、そう上司から聞かされてはいました。

 それにしたって突然だった。その朝、いつものように出勤したら、入口でその上司が私を待っていましてね、開口一番「執行係を命ずる」と告げられましたよ。

「いきなりですか?」思わず上司に溢しました。事前に告げると、当日に仮病で休む者や、本当に精神をおかしくする者がいるので、その配慮だそうです。


 この国の死刑は、絞首刑です。死刑執行といっても一人の刑務官が行えるものではありません。刑場にて死刑囚に目隠しの布を被せる者、手錠をかける者、足を縄で縛る者、落下するボタンを押す者が3人~5人、それから落下した死刑囚の揺れを押さえる者などなど。これも、全て執行にかかわる自責の念を分散する為の配慮です。


 私は、その死刑囚を、直接担当したことはありません。ゆえに目隠しの布を被せる役を命じられました。死刑囚の担当を長くした者は、やはりい幾ばくかの情が湧くそうです。したがって、一番関係の薄い私が、一番嫌な役を命じられたのです。


 その死刑囚は、20人の少年をナイフで切り裂いて殺害した後、性暴行したという殺人鬼でした。彼に執行の日が告げられたのも当日です。本人も驚いていましたよ。「いきなりですか?」私とまったく同じセリフを溢していましたね。


 執行の時。死刑囚は、他の者に大人しく手錠をかけられ、足を縛られました。それから、いよいよ私が顔に布を被せようとした瞬間のことです。


「ねえ、刑務官さん。俺が人殺しなら、あんたは、人殺し殺しだ」


 その死刑囚が、私に話しかけてきたのです。


「なあ、聞いてる? 刑務官さんよお。俺さ、もうこの世に未練なんてこれっぽっちもないけどさ。でもさ、ただこのまま死んでいくのもなんか癪じゃん? 

 だから俺、たった今決めたんだ。俺、あんたのことを恨むことにする。たまたま目の前にいる刑務官のあんたのことを、徹底的に恨んで死んでやるよ。あんたも、あんたの家族も、末代まで祟ってやるよ」


「だ、黙れ!」


反射的に叫んだ。頭の中が真っ白になった。


「俺が20人の少年の命を奪ったように、あんたが、今から俺の命を奪うんだ。いいかい? 俺たちは、もう他人じゃない。友達だ」


「うるさい!」


「俺、先に行って待ってるから。あんたのこと、待ってるから。我が友よ、この話の続きは、あの世でゆっくり話そうぜ」


「頼む! お願いだ! もう何もしゃべるな!」


 私は、突如として襲った得も言われぬ恐怖に慄きながら、無我夢中で死刑囚の顔に布を被せた。そして、力任せに彼の首に縄をかけた。

 合図と当時に、数人が一斉にボタンを押す。誰の押したボタンが作動したのか分からないが、次の瞬間刑場の床が開き、死刑囚は落下した。

 お祭りの屋台の水風船のように、死刑囚の身体が空中を跳ねまわった。


 ……私はね、こんなことをするために刑務官になったのではないのです。

 公務員である自分を、ちょっと鼻にかけて生きたかっただけ。安定した職業に就きたかっただけなのです。上司に媚びへつらい、受刑者どもに偉そうに振舞っていられたら、それでよかったのです。


 死刑囚の首に縄を通すあの瞬間。私は、あの時、いったい何様気取りだったのだろう。憲法の化身? 被害者や遺族の代行者? 正義の味方? 私は、何様のつもりで、あの死刑囚を殺したのだろう? 


 あの死刑囚なら、その答えを知っているような気がする。彼は、あの世で私を待っている。私は行ってあげなければならない。私たちはもう他人じゃない。人殺しと、人殺し殺し、きっと分かり合える。彼は私の友達だ。私は、友達と話しがしたい。



 ― ― ― ― ―



 薄暗い彷徨人課さまよいびとかの錆びたパイプ椅子に座り、谷口淳たにぐちじゅん氏は、時折ボロボロと涙を流したかと思えば、突然ヘラヘラと笑い出すようなことを繰り返し、僕に、自殺に至る経緯を話してくれた。


 長い長い夜だ。


 可哀そうに、この人は、壊れかけている。



後編に続く。



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