走れ! 三途の川の迷い犬(中編)
「……う、嘘でしょう? あたし、ペットなの? あたし、パパとママと同じ人間だと思っていた。ママのお腹から産まれた子供だと思っていた。だって普通に家族の一員として生活をしていたから」
僕は、しょげるモモちゃんを抱っこして、葬儀会場に向かって歩いて行く。
「何を言っているの。ペットだって家族だよ。立派な家族」
「でも、あたし、ママのお腹から産まれていないのでしょう?」
「モモちゃんとパパとママは、魂の家族さ。本当はね、あんまり関係ないんだ。チの繋がりだとか、イデンだとか、セイベツ、ネンレイ、ジンシュだとか。そんでもって、ニンゲンだとか、イヌだとか、シュゾクだとか。魂の家族にとって大きな問題ではない。そんなしょぼくれたことは」
「たまたま、あたしが犬のカタチでも、家族は家族?」
「そうさ、たまたまパパやママが人間のカタチでも、家族は家族」
会場に入った。小さな会場。遺体の上にモモちゃんの写真が飾らている。その前にパパが一人で椅子に座っている。
「あれ? ママは? ママがいない!」
「タブレットの情報によれば、君を失ったショックで体調を崩して病院に入院してしまったらしい。重度のペットロス。なおかつ、君の最期を決めたという罪の意識に苛まれている。とてもここへ来られるような元気はないよ」
「あたしの最期を決めたって、どういうこと?」
「君に、晩年の自分の記憶はないのかもしれないね。君の晩年はね、目も見えず、頭もすっかりボケてしまって、食事も排泄も自分で出来ない状態だった。それでも、パパやママは、献身的に君のお世話を続けたそうだよ。そして最期の時、君は老衰し、激しい痙攣を繰り返すようないなった。そんな可哀そうな君を、ママは見ていられなかったんだ」
「ママは、あたしをどうしたの?」
「病院の先生と相談して、君が、もう苦しまなくてよい方法を施した。安楽死さ」
「まさか、ママが、あたしを殺したの?」
「苦渋の決断だ。君を愛すればこそだ」
「な、何が家族よ、馬鹿々々しい! あたしなんてただのペットよ! しょせん犬畜生なのよ!」
「二度とそんな言い方をしてはいけないよ。君は、16年生きた。犬として十分長生きをしたんだ。パパとママに深く愛されていた証拠だよ。家族として大切に育ててもらったんだ」
その時だった。
祭壇の前に一人で座っていたパパが、モモちゃんの写真に向かい、ぽつりぽつりと話始めた。
― ― ― ― ―
モモちゃん、聞こえるかい?
モモちゃん、そっちは、どうだい?
急に遠いところに行っちゃたから、パパにはもう、モモちゃんが見えやしないよ。
モモちゃん、パパは寂しいよ。
モモちゃんには、パパが見えているのかな? ずるいや。
モモちゃん、最期までがんばったって、病院の先生に聞いたよ。
立派だね。パパ、近くにいてやれなくて、ごめんね。本当にごめんなさい。
モモちゃん、お疲れだね。もう、痛くない。もう、つらくない。
もう、なにも心配することはないから、ゆっくり休んでおくれ。
えっ? ママ? そりゃあ、悲しんでるさ~。 も~大変よ。ははは。
でも、大丈夫。心配すんな。ママには、パパがついてっからね。パパに、まかせとけっつーの。
いやぁ~、楽しかったね~、この16年。怒涛のように楽しかった~。
今日までの君との思い出に、悲しい思い出なんて微塵もないよ。
それは、君が地上から消え去った、今日という日を除けばのことなのだけど。
そうそう、不思議なことがあったなあ。
実はね、16年前、パパとママがモモちゃんをお店ではじめて見た時、
モモちゃんと、今出会ったばかりなのに、パパもママも、
「どこ行ってたの! 探したじゃん!」って思ったよ。
そんで、気が付いたら、うちの子になってた。
おかしいね。何だろね。
たしか、パパがママとはじめて出会った時もそんな感じだったなあ。
「どこ行ってたの! 探したじゃん!」つって、そんで、気が付いたら結婚してた。
だからね、モモちゃん、パパは思うんだ。
僕たち家族は、たとえ死に別れてしまっても、また必ず生まれ変わって、
いつか、また巡り会うんだよ。
これまでだって、きっとそうだったんだ。
モモちゃんに出会った時の、あの「不思議な懐かしさ」は、きっとそういうことなんだ。
僕たちは、これまでも、これからも、何度も生まれ変わって、何度も巡り会って、
永遠に家族を繰り返すんだよ。
今回僕たちは、たまたま人間と犬で出会ったけど。次は何だろう。楽しみだね。
ほら、そう思えば少しだけ、ほんの少しだけ、悲しくなくなるね。ははは。
さっさと生まれ変わって、はやく近くに来て下さい。
パパもママも待ってるから。
ずーっと待ってるからね。
モモちゃん、この16年間、本当にありがとうね。
― ― ― ― ―
モモちゃんの肉体は、荼毘に付され、骨になった。
モモちゃんが、どうしても自分の体が骨になるところを見届けたいと言うので、僕たちはパパがモモちゃんの骨を拾い終わるまで現世にいた。
やがて、僕たちは、賽の河原に戻った。
「ねえ、お兄ちゃん。あたしとパパとママ、本当に前世でも家族だったのかな?」
「うん、きっとそうだよ」
「前世の繋がりを証明出来る? さっきからお兄ちゃんが得意げにいじっているそのタブレットとやらで」
「うーん、僕程度の役職が持つタブレットに、そこまでの機能はないよ。もう少し上の役職の者なら、前世の情報を得る権限ぐらいはあるかもしれないけどね」
「もう少し上の役職の者って、例えば?」
「う~ん、例えば…………そう、渡し守長!!!」
後編へ続く。