君は、活字でどう笑う?(後編)
この(笑)という記号が、日本で文章に使われるようになったのは、いつ頃からなのだろう? タイトルは忘れたが、昔読んだ芥川龍之介の戯曲に(一同笑う)とか(笑い出す)というト書きがあった記憶がある。
(笑)という表現ひとつとっても、厳密には様々な(笑)の種類があるのだ。
(爆笑)(微笑)(苦笑)(嘲笑)(冷笑)(含み笑い)(作り笑い)(誘い笑い)(貰い笑い)(思い出し笑い)等々。
それをだな。(笑)のいち記号のみにすべてを託してだな。読み手に前後の文脈から読み取らせるというのは、どうなのだ。はたして、読者に寄り添った文章と言えるのか。
どうしても受け入れられんのだ。しっくりこないのだ。だって、明らかに無理があるだろう?
例えば、
「あなたって、ほんと馬鹿ね」
「だよね(笑)」
という活字の会話があるとして。
この場合の(笑)が、実際はどのような種類の(笑)であるのか、より具体的に表現することによって、読み手への伝わり方がまったく違ってくると、私は思うのだ。
「あなたって、ほんと馬鹿ね」
「だよね(爆笑)」
「あなたって、ほんと馬鹿ね」
「だよね(苦笑)」
「あなたって、ほんと馬鹿ね」
「だよね(思い出し笑い)」
「あなたって、ほんと馬鹿ね」
「だよね(世をはかなみ笑う)」
ね? どうだ? 全然違うだろう?
だったら、いっそのこと、
「あなたって、ほんと馬鹿よね」
「だよね。ぎゃはははははは!」
「あなたって、ほんと馬鹿よね」
「だよね。……たはははは。」
こっちのほうが断然伝わりやすいと思うのだが?
最近では(笑)も進化してきて、wwwとか草とか絵文字で記すらしいね。
「あなたって、ほんと馬鹿よね」
「だよね www」
なーこれ! 私には、皆目理解できん!
「あなたって、ほんと根っからの商売人ね」
「そうさ! 俺様が歩いた跡は、ぺんぺん草も生えないぜ!www」
は、生えとるがな!
まあ、私自身が文章をがんがん壊しながら書く作家なので、美しき日本語の乱れを憂う権利など、これっぽちもないのだがね。
いっそ木っ端微塵にぶっ壊れてしまえばいい。草だの、森だの、大草原だのに大人しく収まっていないで、この際、原型の無いとこまで、ぶっ飛んでしまばいいのだ。
「あなたって、ほんと馬鹿ね」
「だよね(ツンドラ)」
「マジうける(リアス式海岸)」
「不覚にもワロタ(タクラマカン砂漠)」
「この動画面白い(富士の樹海不可避)」
ぎゃははは。サッパリ訳が分からん。逆に面白いぞ。
とういうか、(笑)も、wwwも、絵文字も、すでに古くてダサいのだろうか?
まあ、今時使うとダサい、恥ずかしい、とされるスラングも、かつては大流行したスラングだったわけで。
言い換えれば、今流行りのスラングも、「いずれ、ものすごく恥ずかしくなる表現法」の予備軍である。ただそれだけのことなのだ。
(笑)や、wwwや、絵文字や顔文字、ネットスラングの正しい使い方ぁぁぁ?
知らんがな! ガタガタ抜かすな! そもそもが、ぶっ壊れた表現法だろう!
よーし、こうなったら、私は決めたぞ!
どっちにしろ、ものすごく恥ずかしい言葉なら、私は「ぎゃははは!」と笑い続けてやる!
君は、活字でどう笑う?
私は、「ぎゃははは!」と笑うぞ!
― ― ― ― ―
「はあ~~~~~~~~~」
彼の長い持論を聞き終わった僕は、深い安堵の溜息をついた。
「九段さん。あなた、いつの間にやら創作意欲に満ち満ちているではありませんか」
「おや、そう言われてみれば。ははは。何故だろう、私は今、やる気がみなぎっている」
「時は来たり。ファイナルジャッジです。あなたは三途の川を渡りますか?」
「渡らない! おちおち死んでいる場合じゃない! 実はたった今、新作のアイデアが浮かんだぞ! 一刻も早く書斎に帰って小説を書きたい!」
「承知しました。では三途の川と反対側へ、眩い光のある方へ、ただひらすら歩き続けて下さい。そうすれば、あなたの魂は、いずれ現世のあなたのもとに戻ります」
「君が親身になって話を聞いてくれたおかげだ! ありがとう、エム君!」
「エフです」
「ここだけの話、新作は君をモデルにした作品を書く。主人公は、三途の川の渡し守だ」
「僕のことを書くのは難しいと思いますよ。現世に戻った途端に、あなたは僕との記憶の一切を無くします」
「小説家を見くびってもらっては困る。私の細胞のどこかに、君の記憶のひとっ欠片が残っていれば、私は、そこからありありと君の記憶を蘇らせることが出来る。私は、君を主人公にした作品で、必ず芥川賞を受賞してみせるぞ。楽しみに待っていたまえ、エッチ君」
「エフだってば! わざとだろオッサン!」
「ぎゃははははははは!」
「ぶわははははははは!」
こうして九段九一氏は、現世の光の中へ消えて行った。
― ― ― ― ―
その後、九段さんは僕に宣言した通り、新作で芥川賞を受賞した。
受賞の理由として、笑い声などの感情の擬音表現が従来になく斬新であると、高評価を得たとのこと。
作品のタイトルは「ファイナルジャッジ! あなたは三途の川を渡りますか?」
僕が主人公の物語。
さすがに気になるので、僕は、本をこっそりと購入して読んでみた。
えーっと、なになに。
舞台は、三途の川。
主人公は、三途の川の渡し守、エックス。
……エックス。
ったく、あのオッサン。わざとだったら逆にスゲーよ。
おしまい。