3「電話線」とおじさん、の巻
「はい、こちら『ドライアド念信交換所』です」
【念信念話器】の黒い受話器から、女性の聞き取りやすい透き通ったきれいな声が聞こえてきた。この『念話』を仲介してくれるドライアドのお姉さんの声である。
【念信念話器】というのは、
遠く離れた同族と遠隔で『念話』が出来る種族【ドライアド】を仲介することで、離れた場所にいる相手とも電話のように話せる魔法の通信器械。
…まあ要するに【電話】だ。
形も昔ながらの黒電話に似ているし、黒い受話器には花柄の布カバーだってちゃんと付いている。
わたしは今仕事中で、この街の建設会社の社長にこの念話を取り次いでもらうために『ドライアド念信交換所』に念話しているところだった。
「…あ、申します。わたくし『バルダンギルド』の会計係の者で、カタヒラと申します。え〜と、『ロットン建設会社』のロットン様のお呼び出しをお願い申し上げます〜…」
わたしは少し緊張しながらドライアドのお姉さんに要件を伝えた。わたしが、まだ『念話口』でのやり取りに慣れないのと、若く美しい女性(あくまで声のイメージだ)と仕事中に会話するのに慣れないのと、両方の理由で。
「…承知しました。お繋ぎしますので少々お時間頂きます」
念話口でサラサラとなにかをメモする音が聞こえて、ドライアドのお姉さんはわたしにそう伝えた後、わたしとの通話を一旦保留にした。
黒い受話器から『しばらくそのままでお待ちください』の器械的な自動音声とともに、保留音の音楽が静かに流れ始める。保留音はわたしにはパッヘルベルの『カノン』のように聞こえる。
落ち着いたトーンの女性の声で淡々と繰り返される『しばらくそのままでお待ちください』の音声と柔らかな『カノン』の旋律が、しばしの間わたしを夢見心地な気持ちにさせた。
………
「……準備ができましたので、お繋ぎしても宜しいですか?……お客様、…聴こえていますか?」
ドライアドのお姉さんの声の余韻に浸りながら保留音の音楽に聞き惚れていたわたしは、念話を再開したお姉さんの声をうっかり聞き流してしまっていたらしい。
それでもお姉さんは優しく声をかけながら、わたしがお姉さんからの呼びかけに気付くのを待ってくれていた。
「あ、はい、宜しくお願いします…」
と、念話口のドライアドのお姉さんに慌てて答えるわたし。声が少し上ずってしまった。
「…承知しました。では、お繋ぎします」
念話口で、少しだけお姉さんは微笑んだようだ。美しい声の人は、念話の声だけで人を幸せな気持ちにさせてくれるものだ…
『ドライアド』のお姉さんとの念話口での会話は、わたしにとって数少ない仕事中の楽しみの一つである。念話先の相手が出るまでの数秒間、わたしはまたお姉さんの美しい声の余韻に酔いしれていた。
………
「…あ゛い、ずんません。こちらロッ…ロットン゛建設会社…ですけども…どちらさんですが〜!?」
念話先の男性は今食事中だったらしく、喉に汁物を絡ませながら念話に出た。ちょうど食べている時に念話がかかってきて、びっくりして咽てしまったらしい。
タイミングが悪かったかな、とわたしは一瞬思いつつも、ドライアドのお姉さんの美しい声のおかげで幸せだったわたしの気持ちは念話先の男性のだみ声のせいで一気に現実に引き戻された。
もう昼はとっくに過ぎてるのに、どうして今頃ソバなんか食ってるんだ!…そう言ってやりたい。
しかし今は仕事中である。
「…あっお食事中にすみませ〜ん、わたくしバルダンギルド〜の者なんですけれども〜…」
念話を再開したわたしの声は、もういつものわたしの『仕事中の声』に戻っていた。
続く…
好きな声は『お風呂がわきました』です。
次回は、カタヒラさんの
『行きつけのスナック』のお話です。