『基礎的方法論』
『基礎的方法論』
㈠
基礎的方法論、について述べておきたい。そもそもが、基礎的なものというのは、学生時代に培った、所謂、必要最低限の能力である。人間はみな、これを土台として、様々に生きる訳だが、確かに、人それぞれ、その基礎的能力は異なりそうだ。
㈡
真面目に勉強したもの、好んで学問に挑んだもの、そういうものは、確かに、平均と比べて、基礎以上の能力になると思われる。しかし、それでいい、とにかく、その基礎的能力を重要視したいのである。すると、次に、方法論の問題が出てくる。
㈢
何か問題をクリアするために、基礎的能力を土台として、方法論を使うのである。この、基礎的方法論の、難問クリアを、到達、としておこう。我々は、生きるべくして生きているが、実際は、何かへの到達のために、刹那の連続を生きているのである。
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こうなってくると、ますます、基礎的方法論というものは、人生の重要価値の様に思えてくる。もっと、基礎的能力を磨いておけばよかった、だとか、これからのために、方法論を学びたい、という感覚が生じるだろうことは、容易に予測できる。
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しかしこの、感覚の萌芽、というものは、一種の感情から生じることも少なくない。違った人生絵を送りたいだとか、場合によっては、或る復讐心から、基礎的方法論を学ぶものも、多くいるだろう。先生に怒られたから、偉くなりたいという、そんな単純な精神も、予測出来る。
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或いは、若い頃に親族を亡くしたため、その悲しみを癒すために、誰かの助けになるような職業に就きたいという思いが生じる場合もあるだろう。ともかく、基礎的方法論とは、何かのために、何かを追求し、到達までもっていく、ということの、過程のことを言うのである。