エズメ、君は僕の最愛だ
「エズメ、愛しているよ」
「エズメ、君の髪はいつも綺麗だね」
「エズメ、僕には君しかいないんだ」
エズメ、エズメと今日も私をあの平民の名で呼ぶガーランド様。ああ、そんなにあの平民の女が良いと言うのですか。
「…ガーランド様。私はエズメではありません、
エミリーです。エミリー・ディオール、貴方の婚約者ですわ」
「ああ、君は僕の最愛だ。そして僕の最愛はエズメだろう?であれば君はエズメだ」
…それ以上、ガーランド様の言葉を聞きたくなくてガーランド様の手を振り払い逃げようとする。けれどガーランド様は優しく私を抱きしめて、こう囁くのだ。
「エズメ、君は僕の最愛だ」
ガーランド・クロティルドという公爵令息は、完璧超人で有名だった。顔良し、爵位良し、文武両道とくればそれはもうモテる。けれどガーランドは、婚約者であるエミリー・ディオール侯爵令嬢を心から愛していた。
エミリー・ディオールは顔立ちこそ平凡ではあるが、侯爵令嬢であり、心優しく、誰にでも平等に接することができる素敵な女性である。…とは、ガーランドの惚気である。むしろ顔立ちが平凡でよかった、そうでなければ今以上に虫が湧くと言った彼の気迫は凄まじかった。
そんなガーランドだが、ある時エズメという平民の割に魔力の高い聖女候補の女に、魅了の魔法を使われた。さすがのガーランドでも、聖女候補の魅了には抗えない。だが、ガーランドは深く深くエミリーを愛していた。エズメを愛することを心が拒否した。結果、エミリーを〝エズメという名の〟自分の愛する女性だと思い込むようになるというちぐはぐな状況になっていた。
ちなみにエズメはすぐにその所業が公爵家当主に伝わり公開処刑されたらしい。
その後王家と公爵家、侯爵家で話し合いが行われたが婚約は続行となる。婚約が解消されたらガーランドが自殺する未来しか見えないからである。侯爵家当主も、自分の可愛い末の娘がそこまで愛されているのは嬉しい。反対はしなかった。
だが、エミリーは毎日毎日〝エズメ、愛している〟と愛する婚約者から他の女の名前で呼ばれるのだ。たまったものではない。早く治して欲しい。しかし、他の聖女候補生より魔力の強かったエズメの魅了を解けるものは聖女以外居なかった。そして聖女は、災害で困っている隣国へボランティアに行っている。エミリーは少しずつ病んでいた。
それでも、ガーランドが自分をそこまで愛してくれていたのなら…と自分に喝を入れ、ガーランドと接しているが。
そんな時、エミリーの父がガーランドなど気にも留めないで飛び込んで来た。
「エミリー、良い知らせがある。聖女様が帰ってきた。ガーランドを治せる」
「本当ですか!?」
「治す…?」
自分の異常に気付いていないガーランドだけが首をかしげるが、そのままエミリーに連行されて聖女の元へ連れて行かれる。久しぶりにエミリーからくっつかれて、腕を組まれるというより最早連行されているだけのガーランドはそれでも喜んでいた。
ー…
結果として。魅了魔法は完全に解けた。代わりに、ガーランドはエズメと出会ってから今日までの記憶がなくなった。だが、エミリーへの今までの仕打ちを人伝に聞いて全力で土下座をする羽目になる。そして彼は言った。
「エミリー、君は僕の最愛だ」