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私の決断

どれくらいキスをしていたのか、初めてのキスに動揺していた私の頭を陛下は優しく撫でる。


「へ、陛下…」


身じろぎし、陛下から離れようとしたが、気が付くと陛下は真正面にたち、真剣な目をして私を見ていた。


「メギー。

いや、アスコット伯爵令嬢。

これからは隣で私を支えてくれないか?」


自分の耳に入った言葉を、私は理解出来なかった。

言葉の一つ一つの単語は理解できるのに、全部が繋がると意味が分からない。


「…陛下…」


私は陛下を直視できずに俯く。


頭の中で色々な考えが渦巻く。


王妃は、エミリー様だ。

療養中という名の幽閉状態でも、だ。

彼女が元気で外に出るという選択肢は、きっと陛下にはないのだろう。

彼女と離婚するという道は、陛下にはない。

それは、エミリー様とのお子を無事に王位につかせるためにも必要だから。

これ以上のひと悶着は望んでないから。


それでは、私の立場は。


そこに気が付くと、おかしくもないのに、笑い出しそうになってしまった。

思わず肩が震えてしまう。

陛下はその様子の私を見て、困って震えていると思ったのだろう、私の両肩に優しく手を置く。


「突然、こんなことを言って済まない。

だけど、考えてもらえないだろうか?

今夜はここで失礼するよ。

メギー、お休み、良い夢を」


陛下は俯く私の頭に軽くキスを落とすと、私の客室から出て行った。

陛下が出ると同時に侍女が音もなく食器類を片付ける。


恋に憧れていた少女であったなら、ロマンチックな甘いやり取りに胸をときめかせていただろう。

私の心臓は早鐘のように激しくなったというのに、抱き合った陛下の鼓動は余りにも普通に、規則正しく打っていて。

それが全てを物語っている気がして。


「今日はもう、いいわ。

早く休むことにする。

ありがとうね、下がって」


部屋で一人、ベッドに腰掛ける。


学園時代のエミリー様、

王妃時代のエミリー様を思い浮かべる。


エミリー様、

貴女の不幸は、トンプソン侯爵令嬢と言うご自分の価値をきちんと理解出来なかった事だったのね。

貴女がどんな女性であれ、陛下は貴女を愛せなかった。

もしかしたら、愛していたのかもしれない。

もしそうなら。

いや、それだから、こそ。

陛下は愛を絶対に貴女に返さなかった。

そう、ただ、貴女が「トンプソン侯爵令嬢」というだけで。


でも、貴女は「トンプソン侯爵令嬢」であったからこそ、陛下の婚約者に選ばれた。

陛下はロッティに心を捧げていたけど、貴女にもきちんと王妃として接していたものね。

そして、エミリー様、貴女はただ純粋に陛下を愛していたのね。


だからこその嫉妬。

だからこその独占欲。


愛する男に愛を求めただけ。


それが余計に貴女から陛下を遠ざけることになるとは知らずに。

だから、彼はロッティに愛を捧げた。

エミリー様からの愛を受け入れないために。

受け入れることが出来ないくせに、切り捨てることをしなかった。

政権の安定のためにも、出来なかった。


貴女はロッティが死ねば、自分が唯一になれると思っていたのでしょうね。

ただ、第2、第3のロッティが現れるだけとは思わずに。


エミリー様。

今、貴女は陛下を恨んでいる?

それとも、今もなお愛しているのかしら。


だとしたら、私はやはり、愛というものが分からない。



ねぇ、ロッティ。

私、貴女の事が大好きだった。

優しくて可愛くて、いつだって本当に友達想いで。

大好きな親友で、とても大切な人だった。

貴女の友達という事を誇らしく思う位に。

でも。

だけど、私、ずっと貴女が羨ましかった。

貴女が陛下を愛し、そして愛されているのを、羨望の眼差しで見つめていたわ。

歌劇のような、物語のような恋愛をしている貴女に。

だって。

私に愛を乞う人はいなかったから。

私が愛を乞う人がいなかったから。

だから、貴女のようになりたかった。


だけど不思議ね。

今は、貴女のようになりたいなんて思わないの。

おかしいわよね、あんなに貴女を羨ましいと思うと同時に、同じくらい貴女と陛下の恋に憧れていたというのに。



…ねぇ、陛下。

私だって、もういつかの夢見る乙女でもないのよ。

初めてのキスで動揺するくらいには初心ではあるけれど。

私が陛下を拒絶する、なんて考えもしていないのでしょうね。

そうね、もう断るなんて出来はしない状態になっているのでしょうね。


あの時の、ロッティの様に。


侍女含め、家族も友達も全員が私の耳に噂が入らないようにしていたのね。

ううん、客分滞在を1年しているのだもの。

当然だわ。

周囲がどんな目で私を見るかなんて考えもしなかったわ。

私もロッティを失ってしまって、大分おかしくなっていたのね。


でもね、こんな風に色々と冷静に考えられるくらいには、私も年を重ねているの。

王宮で侍女をしている間に、色々と擦れてしまったのね、きっと。


分かってしまうのよ、全て。

私程、都合の良い存在がいないという事を。

イヤと言う程に理解してしまう。

エミリー様が正妃のままで良いという人間。

ロッティの経緯を知っている人間。

そして。


そして…


そんな人だと分かっていても、私はきっと陛下の手を取らずにはいられない。


駒のように女を動かす男と、都合よく動く女。

きっとものすごくお似合いよね。


乾いた笑いが口から洩れる。


私の心の奥底から、あの時閉じ込めた私の心が叫んでいる。


どうして?

どうして?

だって、私は。

私だって。


私だって、と。


気が付くと私の両頬は濡れていて、涙がとめどなく溢れていた。


これは喜びの涙なの?

悲しみの涙なの?


この感情を、人は何て呼ぶものなのだろうか。


愛と呼ぶのだろうか。


それとも。


憎しみと呼ぶのだろうか。


あの時、私の心に落ちた黒いシミは澱のように淀んで、きっと私の心を真っ黒に染め上げてしまったのね。


私はエミリー様のようには、ならない。


私はロッティのようには、なれない。


目を伏せて横になる。


目に浮かぶのは、何も知らずロッティと二人で笑いあっていた、あの頃。

もう今は、遠い昔。

手を伸ばしても、取り戻せない遠い過去。


あの時のローズノートのむせ返るような、妙に鼻に残る甘い香りが部屋に立ち込めている気がした。



お終い


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