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私と陛下

あらゆることが片付くのに半年はかかった。

そしてロッティが亡くなってから1年が過ぎようとしていた。


シャーロット様付きの侍女だった私は、いまだにアスコット伯爵令嬢として、客分滞在のまま王城に留まっている。

シャーロットとの思い出話をする人間が欲しかったのだろう、陛下は仕事の空いた時間や、夜の寝る前に、私の客室に話をしに来る。

それは、単純にシャーロットとの思い出話の時もあれば、この事件の事後報告の時もある。

遊びに来た陛下を私はいつも通り迎え入れる。


近衛騎士はドアの前と、廊下に。

侍女はいつものように脇に控えている。


陛下はいつも通り、定位置である3人掛けソファの左端に座り、少しだけ目を瞑る。

私は辛抱強く、陛下が話をするのを待つ。


「メギー」


私と陛下の目が合った。


「はい、陛下」


「ようやく、全て方が付いた」


陛下はそう呟くと、サイドテーブルからデキャンタを取りグラスに注いだワインを一気に飲み干した。

そして、何も言わず、また目を瞑る。


侍女がガラスカバーを外し、レーズンやドライドアプリコット、クルミやチーズが乗ったチーズボードをサイドテーブルに載せる。

侍女の流れるような動作を私は見るともなしに見た。


「今日、前トンプソン侯爵が静養先の別荘地で眠りについたそうだよ。

ロッティがいなくなってから、1年以上もかかったな」


私は無言で頷く。

彼は私にワイングラスを差し出す。

侍女が受け取り私に渡すと、彼は私のグラスを悔しそうに、睨みつける様に見た。


「最後まで、ロッティに対して謝罪の言葉はなかったそうだよ…」


「…そうですか…」


ふ、と陛下は顔を上げて、近衛騎士と侍女に手を払う仕草をした。

これは、人払いの意味をさす。

本来ならば私が独身の貴族令嬢という立場なのもあり、必ず誰かしらはいることになっているのだ、建前上。

だが、ロッティが亡くなってからは別だ。

彼が嘆き悲しむ間は、皆、目を瞑るようになったのだ。

それは、多分、彼が連れてくる近衛騎士も、私についている侍女も口の堅いものしか置いてないせいもある。

幸いなことに、未だ醜聞は出ていないみたいだ。


だから、陛下も安心して私の元に来て、弱音を吐くのだろう。


私は黙ってワインに口をつける。


「本当は、分かっているんだ。

彼は、正しい。

分かっているんだ、本当に。

彼はエミリーの父親だった。

彼の行いが良いか悪いかは別にしても、彼は一人の娘の父親だった。

私だって一男一女の父親だ。

誰だって、自分の子供に不幸になって欲しいなんて思う親はいないんだ。

だから、分かっているのだ、自分がどんなにエミリーに酷い事をしたのか、だって。

だから、といってエミリーがした罪がなくなるわけじゃない。

だが、そこまで追い詰めたのは、私の罪だ。

…だけど」


陛下は黙って頭を振る。


「それでも、ロッティが必要だったんだ…」


トンプソン侯爵家は大きくなり過ぎた。

娘が王妃になり、更に権力が一か所に集中し過ぎた。

それを面白く思わない一派がいたのは当然だ。

普通の事だ、全て。

内乱を防ぎ、平定するには、必要悪だってある。


もしかしたら、他にもエミリー様と一緒に幸せになる道があったのかもしれない。

前陛下の病気、それに伴う早すぎる死は、きっとエミリー様との運命をも変える分岐点だったのかもしれない。

その道を模索する時間が、それによって無くなってしまったのだから。

陛下にはトンプソン侯爵の権力を削ぐ事以外に、内乱を抑える道がなくなってしまったのだ。


だから、陛下はエミリー様に溺れるわけにはいかなかった。

心を預けるわけにはいかなかった。


だけど、そうして一人で立っているには寂しすぎた。

重荷を一人で負うには年若い陛下には辛過ぎた。

だから、ロッティが陛下の孤独を癒したのだろう。


私の目の前に座っているのは、陛下。

いつも威風堂々として、大勢に傅かれる人。


なのに、何て弱々しいのだろう。

なんて、寂しそうなのだろう。

途方に暮れた、子供のような声を出すのだろう。


気がついたら、私は立ち上がり陛下に跪いて手を握っていた。

陛下は黙って私に手を握られたまま、私の瞳を見つめていた。


「大丈夫です、陛下。

陛下が、この国の為に行動されていることは、皆分かっております。

ロッティの事は…」


私は口を噤む。

何て言えばいいのか、迷い、そして。


私は立ち上がると、そのまま座っている陛下を抱きしめた。


「私も、ロッティが大好きでした。

私の自慢の、親友でした」


陛下の手が弱々しく私の腰に回る。

私は優しく陛下の髪を撫でる。

幼い子に大丈夫よ、と安心させるように。優しく。


不敬だなんて考えなかった。

ただ、陛下を、彼を抱きしめて上げたかった。

一人じゃないと、教えて上げたかった。

シャーロットという支えがなくなった陛下は、とても弱々しく見えて、放っておけなかった。

だから、思わず抱きしめてしまった。


この感情を、これを、人は母性と呼ぶのだろうか。


それとも、これを、愛と呼ぶのだろうか。


「…メギー」


そう囁いた陛下の声が、目が、いつもと違うのに気が付くのと同時に、陛下の顔が近付いてきた。

私が戸惑う暇もなく、陛下とキスをしていた。

唇と唇が触れあった瞬間、あ、これがキスなんだ、とぼんやりと思った。

初めてのキスだというのに、冷静に考えている自分がいた。

当事者でありながらも、想定外の事が起こると部外者のような感覚にもなるのだ、とその時初めて気が付いた。

だが、思考とは別に初めての感覚に体は正直に驚いていて、硬直した私を強く抱きしめながら陛下は私にキスをした。


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