他人からの悪意
最初は殿下と鉢合わせた偶然を単純に驚いていたロッティも、度重なる偶然には首をひねらざる得なくなってきたようだ。
なぜなら、私が友人を家に招く、ということ自体が異例の事、だからだ。
表向きは、ジョノがロッティを気に入ったことになっているらしい。
で、たまたま遊びに来た殿下はいつも私たちと偶然にも鉢合わせするらしい。
どんな鈍感な人でも、さすがにこれはね。
分かりやすすぎる。
ジョノの婚約者は、隣国の伯爵令嬢、アイビーお養母様の伝手で貿易関係に力を入れるため、らしい。
一応ジョノは友人の恋を取り持つため、自分がスケープゴートになると手紙を認めたらしい。
流石に殿下の恋が、なんて書けない。
それは納得だけど。
しかし、婚約者と手紙のやり取りなんてしているんだ、と身内の恋愛模様を初めて知って何とも言えない微妙な思いをしたのもこの頃。
それにしても。
殿下が描いた計画通り、結果、この作戦はうまくいった。
最初は戸惑って、引き気味だったロッティも、殿下の押しの強さに押され気味になり、まぁ簡単に言えば絆されてしまったのだ。
そして、ほんのひと時の気まぐれだと思っていた殿下のロッティへの想いは真剣で、私もジョノも想定外の二人の愛に困惑したほどだ。
それほど、二人の仲は微笑ましく、睦まじかった。
例え、それが我が家の庭の中だけだとしても。
が、ある夜、父から呼び出しを受けた。
曰く、トンプソン侯爵がチラリと釘を刺してきたそうだ。
ノートローズばかり愛でているみたいだからか、
我が家の大輪のバラが、綺麗に咲かないんだよ、と。
そこで、私は初めて、殿下が私に会いに来ている、という誤解を生んでいることを知った。
いくらジョノが表向きロッティを気に入っていると宣言したとしても、私と言う親友がいるので、それはあくまでロッティが我が家に遊びに来る理由のひとつだけでしなない。
だが、殿下が頻繁に我が屋に訪れる理由に、ジョノに毎回会いに来るという理由は流石に弱すぎたからだ。
しかも私には婚約者がいないのだ。
道理で最近上位グループからの当たりがきつくなってるわけだわ。
皮肉、嘲笑当たり前。
まぁ、身体的に何かされるようなのは、流石にないけどね。
何せ、私は腐っても伯爵令嬢の肩書がある。
侯爵家から比べたら、下位だけど、そこまで実力がない家柄ではないからね。
でも、お陰で好都合だった。
私が格好のスケープゴートになることで、彼女らの目はロッティには向かなかったからだ。
もしかしたら、私が知らないだけでジョノや殿下が私を利用したのかもしれないけど。
立場が弱いロッティが私の置かれた状況だったら、身を引いたに違いない。
今だって現実に引き気味なんだからね。
そして、それは起こるべくして起きた事故だった。
いや、違うか?
パシャリ、と水が私の制服に向かってかけられた。
正確に言うと、上から水が降ってきた、か?
運が良いのか悪いのか、私自身さほど濡れていないし、水が跳ね返って私の制服を濡らした位だ。
丁度、友人も傍にいなかった。
何が起きたか分からずに呆然としていると、エミリー様が通りかかられた。
「あら、マーガレット様、ご機嫌よう。
雨が降っていないのに、足元が濡れておりますが、どういたしましたか?
お気をつけあそばせ。」
そこでハッと気が付き挨拶を返す。
「ごきげんよう、エミリー様。
私もなぜ、水が降ってきたのか分かりませんのよ。
御忠告感謝致します」
エミリー様は、それはそれは素晴らしい笑みを浮かべて取り巻きのご友人方を連れて通り過ぎていった。
素晴らしい完璧すぎる笑みは、人に圧を感じさせることが出来る。
初めて人から悪意を持って攻撃された。
さすがに水をかけられるとは思っていなかった。
しかも上から。
上を見上げるが、当然校舎の窓が見えるだけだ。
ブルリ、と体が震えた。
怖い。
直接的な行動が何一つなかったから、大丈夫だと思っていた。
私がロッティを守らなくては、と思っていた。
だけど、実際、ターゲットにされたのは、私で。
私には、誰も守ってくれる人が、いない。
友人は、いる。
彼女らは守ってくれる、だろうが、上位貴族に逆らってまで守ってくれるとは思えない、
いや、逆に守られてしまったら困る。
彼女らの善意で、彼女らを没落させたくはないのだから。
どうして?
私はロッティを守りたかっただけなのに。
なんで?
この感情を私に向けられるのは違うでしょ?
殿下の愛情は私ではなく、ロッティに向かっているのに。
どうして?
いや、分かってる、私と噂になっているのだから。
本当は違うのに。
あぁ、でも。
私が、殿下とロッティを結びつけるのを協力したから?
だって、もし秘密裏に動かないと、ロッティの立場的に危ないと思っていたから。
私は素直に二人の恋を応援してあげたかった。
障害だらけの二人の恋を応援する、そんなロマンティックな夢見る乙女の気持ちだけで動いていた。
エミリー様が面白く思わないのは、最初から分かっていたのに。
実際に私は水を掛けられたわけではないけれど、でも心に冷や水は浴びせられた。
人の悪意は、黒いシミが落ちたように私の心に澱をつくる。
どうして?
どうして?
だって、私は。
私だって。
私の中の私が叫んでいる。
だけどもう一人の私が、冷静に私を諫めるのだ。
だって、私は物語の主人公じゃない。
ロッティと、殿下の恋物語の脇役でしかない。
そして。
なんだかんだ言っても、私はやっぱりロッティが好きなのだ。
純粋に幸せになって欲しいという気持ちもあった。
いや、違う。
障害だらけの恋だなんて最初から分かっていた。
恋にならないと思っていた。
殿下がすぐにロッティに興味を失くすと思っていた。
ジョノに強く拒絶出来なかった。
幸せになれないのを分かっていたのに、引き合わせてしまった罪悪感。
それを拭い去りたいという、私の自分勝手な罪滅ぼしも兼ねていたのだ。
あれほど情熱的に愛されるロッティだけど、殿下とエミリー様の婚約は揺るがない。
身分的にも、彼女は王妃にはなれない。
だけど、彼女は彼の一番だ。
彼が一番必要としている人間だ。
それは、目に見えるものでも、形になるものではないけれど。
正式な立場として彼の隣に立てなくても、愛と言う言葉があれば、人は生きていけるのだろうか。
思いあう人がいない私には、愛というものは、分からない。
だから、私はそのシミを、自分の気持ちを全て覆い隠す。
最初からシミなんてなかったように。
エミリー様の件は、殿下に思うことがあったのか、良く分からないが二人の間で解決したらしい。
そして。
私に火の粉がかかってこないのなら、特に気にする事もない、そう思うことにしたのだ。
だから、エミリー様の事も特に気にもしないで平和に学園生活を満喫出来た。