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シャーロット

王宮の廊下はなぜ無駄にこんなに長いのか。

思わず文句を言いたくなる。

目的の部屋にたどり着くまでに、何度かの関門を通り抜け、足早に進む。

淑女なのだから、走ったらはしたない、そう教え込まれていたし

社交デビューを果たしてからは一度も走ることなどがなかった私の足が

悲鳴を上げている。

足がもつれる。

でも、急がなくては。


嘘であってほしい、

そう願いつつ、もつれそうになる足を前に出す。


「マーガレット様、既に部屋には陛下がいらっしゃってますので…」


私が最後の関門の前を顔パスして通り過ぎようとした時に、宰相であるルーカ・ヘンドリック様が私に声をかけた。

その顔は、公の仕事の場とは違う陛下を思う友人の顔をしていた。

そして、私に向かい、「マーガレット様」と様付で呼んだことでこの場の私の立ち位置を知ったのだ。

そして通り過ぎる瞬間に私にだけ聞こえるように小さな声で囁いた。


「ジャスパーを頼むよ…」


きっと彼は、友人として心から陛下を支えたくてその言葉を私に伝えた。

ここから先は私人で良い、と言ってくれたみたいだ。


その部屋のドアの前にいた近衛騎士が私に気が付くと部屋に向かい声をかける。


「アスコット伯爵令嬢、マーガレット様がいらっしゃいました。」


短く「メギーだけ入れ」という声が聞こえた。

その声は紛れもなくジャスパー陛下の声。

その声は低く、悲嘆にくれていて。


近衛騎士が静かにドアを開ける。

私は走らないように、足がもつれないようにして部屋に入る。

私の見知った侍女は沈痛な表情で私を見た。

目の端が赤い彼女の前を通り過ぎて更に奥に進む。

向かった先は天蓋のレースが豪華なベッド。

この部屋の主の性格を表すような、穏やかな色合いのベージュや薄い黄色の組み合わせのデューベカバーは、見慣れたいつものだ。

その部屋の主はベッドに横になっている。

ピンクの唇は赤みが失せ、陶器のような白肌も、今は青白くなっている。


「ロッティ…ロッティ…」


呟くように、囁くように、乞うようにジャスパー陛下が部屋の主であるシャーロットの愛称を呼び続ける。


「ロッティ…メギーが来てくれたよ?

ほら、だから起きてくれよ、君の一番の親友だよ?

ロッティ、頼むよ、ロッティ」


愛おしそうに髪をかき上げてロッティに向かって話かける。

その瞼は動くことがなく、その口からは可愛らしい彼女の声が紡ぎだされる事はなかった。

それでも彼は呼びかける。返事を返さないロッティに。

陛下の、ロッティに呼びかける声が聞こえるたびに胸が痛くなった。


5日前、私は異母兄のジョノことジョナサンの嫡男誕生のお祝いで、久々に宮廷から下がって自分の生家であるアスコット伯爵邸に帰っていたのだ。

生まれたばかりの赤ん坊を見てお祝いをつげ、久々の休暇を満喫していたのだ。

帰る前日の夜に宮廷から私宛に急ぎの使者がきた。

伯爵である兄になら分かるが、私に使者?と訝った。

その時は、まだ、何があったのか分からなかったが火急の用件と聞いてその使者と共に宮廷へ向かった。馬を宿場、宿場で替え、2日半はかかる距離を夜通し休みなしで1日で王都まで行った。

お陰で宮廷へ着いた時には私の腰も足もガクガクだった。


だが、馬車内で使者から聞いた話を考えるだけで自分の身体の不具合なんて気にならなくなった。

実際に自分の目で見ていないので、実感がなかったのだが、内容が内容なだけにまさかと思う気持ちがやはり勝っていたのだ。信じたくない、と。

頭で理解するのと、眼で見て心で理解するのはまた別の事なのだ。


まるで眠っているかのようなロッティを見た瞬間に、ようやく私は現実に追いついたのだ。


「ロッティ!?嘘よね…嘘でしょ?

ロッティ、いつもの冗談って笑ってよ、ねぇ?なんで?

この間まではあんなに元気だったじゃない?

ジョノの赤ん坊の話、楽しみにしていたでしょ?

ねぇ?ロッティ?起きてよ、ロッティ、話を聞いてよ?ねぇ?」


私は、多分今までで一番大きな声を上げたような気がする。

そのまま泣き崩れてしまったのだ。

「嘘よ、ロッティ、起きて」と言いながら。

陛下がいらっしゃる、ということも頭から消えていた。

ただ、ただ、目の前の動かぬロッティから目が離せなかった。

だが、誰も咎めなかった。

そのまま何時間泣いていたのだろうか。

気がついたら、侍女長のジェニーン様が私と陛下の分の紅茶を用意してくれていた。

ジェニーン様は私の背中を優しくさすってくれた。


「辛いのは分かります、マーガレット様。

今回は、シャーロット様の友人として城に滞在していただくそうです」


泣いて取り乱す自分は、シャーロット様付きの侍女としたら失格だった。

だけど、この非常時に、私は本来の身分であるアスコット伯爵令嬢として客分滞在の身ということで大目に見てもらえた。

本来なら有り得ない待遇だろう。

学園時代に戻ったようだ。

私とロッティ、なんの身分差も関係なく付き合えた、あの頃に。


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