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05.     




「……なんで?」


 イリクは声を震わせ、その理由を恐る恐る尋ねた。


「なんで、僕が殺されなきゃならないんだ」


 リファはしばし言葉を選ぶように黙考すると、冷静な口調で言った。


「それが彼ら、帝国議会のやり方だからです……クルシュナ王家の血を引くあなた方の身柄は、もう百年以上前から議会によって監視、管理されてきました。増やしすぎず、でも決して絶やさず」


 そんな身勝手な話があるかと、イリクは憤慨した。それではまるで、人間ではなく家畜のようだと思った。ただでさえこの塔に連れてこられてからの生活は、そこらで草を貪る家畜と何ら変わりはないのだ。

 必要最低限の知識と教養を与えられ、誰とも会うことは許されずひたすら一日一日が過ぎていくのを待つばかり。一体何のために生きているのかと何度も己自身に問うたことはあったが、結局答えは見つからなかった。そしてその答えが、今日はっきりと分かった。


 何の意味もなかったのだ。

 その証拠に今しがた実の兄から殺されかけ、信用していた帝国議会の連中からも、あっさりと見限られ家畜のように処分されるのだ。自分がこの国で生きてきた十六年間には、何の意味もなかったのだと言われたような気がした。


「なんで……」


 イリクは頭の中が真っ白になり、項垂れたまま歯を食いしばった。

 決して根拠がある訳ではなかったが、イリクは塔の外にいる兄達も、自分と同じように孤独でいるものだと思っていた。だがそれは違った。二人には自分の子供や家族がいて、リファのように付き従ってくれる者たちが沢山いるのだ。本当に独りぼっちだったのは、自分だけ。イリクには何も無かった。孤独だった。それを知って、悲しみに押し潰されそうになった。


「イリク様」


 リファに名を呼ばれ、イリクははっと顔を上げた。


「大丈夫です、あなたは死にませんし、独りではありません」


 リファはイリクの前に片膝をつき、目線を合わせるようにして言った。


「少なくとも私の主は、弟である貴方のことをずっと気に掛けておられました」

「……兄さんが?」

「ええ、だからこうして、貴方が処刑されるという情報もいち早く手に入れ、私をここに送り込む事ができたのです」


 真っ直ぐな目で向けられるリファの言葉は、驚くほどにイリクの心を軽くした。今日会ったばかりの彼女が、なぜこうも簡単に自分を救い出す言葉を選び出せたのかが不思議だった。

 リファの言う通り、確かに一人の兄には殺されそうになったが、もう一人はちゃんと自分の事を覚えていてくれて。それだけでも十分希望は残っているのだと、イリクは思う事ができた。


「僕は、これからどうすればいい……?」


 壁の隙間から赤みを浴びた細い光が差し込み、部屋の中が薄っすらと明るんでいく。夜明けが近いのだ。あと半刻もしないうちに、交代の衛兵が塔にやって来る。


「とりあえずは、私と一緒にここを出て、港へ向かいましょう」

「港? リュウン兄さんには、会えないのか」

「会えますよ、でも今は、この町を出て生き残るのが先決です」


 イリクはリファに急かされるまま、塔を出るための身支度を始めた。と言っても特に捨て置いて惜しいものなどは少なく、部屋にある本の山は所詮時間潰しのためにあったもの。六年間で書き溜めた簡単な日誌のような物だけは少し迷ったが、特に役立ちそうも無いのでその場で火を付けて燃やす事にした。


 イリクはリファに借りたローブを羽織り身を隠すと、その中に唯一の私物である霊剣を一本と、書卓の奥にずっとしまっていた封付きの手紙を一通、懐にしまい込んだ。

 そしてイリクは早足で部屋を飛び出し、リファの後に続いて塔の階段を一気に駆け降りた。足が震えていたのは、きっとここを出られて嬉しいからだと思う事にした。


「そう言えばさっき、王権を奪還すればみたいな事を言っていたけど、そんな事が本当に出来るのか」


 結った髪を揺らし前を走るリファが、振り返らずに答えた。


「ええ、それについては実は半年ほど前、議会からとある提案があって目星は付いているんですよ」


 クルシュナ帝国が王政国家から議会政国家へと切り変わったのは、約百四十年前ーー。

 建国当時より国を率いてきたユストゥフ家の人間は、王族としてこの地に残されその血を代々受け継いできた。

 一部の上級貴族が席を独占した議会政治も年々綻びが出始めているとは言え、百年以上もの間続いている力関係が、そう簡単に変わるとは思えなかった。


「イリク様は、エルドラ地方はご存知ですか?」 


 不意にリファが立ち止まり、階段に足を掛けたまま振り返った。何か大事な事を言うのだろうと、イリクは察し立ち止まった。


「知ってるよ、ここから東へずっと進んだ先、大陸の果てにある砂漠地帯の事だろう」

「ええ……ではその砂漠地帯を抜けた先に、まだ開拓の進んでいない新天地があるという話は、知っていますか」


 それもイリクは知っていた。と言うより、知らない人はいないだろう。なぜならそれはこの国では有名なおとぎ話で、新天地を発見した西国出身の冒険家マルクと言えば、誰もが幼い頃に一度は憧れる存在であった。


「でもあれは、ただのおとぎ話だろう?」

「ありますよ、新天地」


 リファはあっけらかんとした様子で言ってのけた。


「それを見つけて来いというのが、議会が我々に王位を返還する代わりに出した条件なのですから」




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