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03.     




 つむじ風のようだと思った。

 その風は大扉の隙間から目にも止まらぬ速さで迫ってきては、剣を抜き背後から男に組み付いた。風圧で頭から被っていたローブが取り払われ、その姿が露わになる。


 風の正体は少女だった。

 長い黒髪をひとつに縛り、背丈は女性にしては高くしなやかで、手足も長い。きりと目尻の上がった目つきは男と同じで鋭かったが、違っていたのは、彼女の目には情熱的な光が灯されていて、興奮しているのか頬に赤みも刺していた。


「剣を降ろしなさい、さもないとこのまま斬るわよ」


 少女は男の太い首に剣先を突きつけ、凛とした声でそう囁いた。

 男は突然の奇襲にもさほど狼狽える様子はなく、惜しげもなく剣を石畳に投げ捨てると、何事も無かったかのように振り返った。


「……リファ」


 男の低い声に、少しだけ抑揚が生まれる。どうやら二人は見知った関係らしく、よく見ると二人とも似た軍服を身につけており、上着や靴の節々には、帝国軍人の証である臙脂と金の剣が小さく描かれていた。

 リファ、と呼ばれた少女は素早く後ろに飛び退くと、体の前で剣を構えたまま、険しい顔で男を凝視した。


「ロウ、やっぱり貴方だったのね」


 そしてロウと言うのが、この冷酷な男の名前だった。

 二人はしばらくは無言で睨み合っていたが、やがて男がこれまでになく機敏な動きで剣を拾うと、凄まじい勢いで打ち合いが始まった。薄暗闇の中に青い火花が飛び散り、そのあまりの速さに、イリクには何が起こっているのかすら分からなかった。

 剣を振る速さ、手数は圧倒的に少女の方が勝って見えたが、やがて男の方が隙をみて腰に刺したもう一本の剣を抜くと、それも互角になった。元々体格にはそれなりの差がある。互角に打ち合っていれば、おそらくは先に少女の方が力尽きるだろう。


 イリクが息をする暇もなくその様子を見守っていると、突如少女の方がぐんとそのスピードを上げ、男の重たい剣を一本後ろへと弾いた。それを皮切りに二人はまた距離を取り、少女はイリクの方を一度ちらりと見やったが、すぐに視線を男に戻し、深く息を吐き呼吸を整えた。


「なぜ邪魔をする……リファ」

「目の前で罪のない人間が殺されるのを、黙って見ていろと?」

「まさかお前、この腰抜けに付く(、、)気か?」


 男は剣を構えたまま、さらに言った。


「そうか、とうとうあの軟弱皇子に見切りを付けたという訳だ」


 男の挑発的な物言いに、少女は突如逆上し再び剣で斬りかかった。それを軽く受け止めた男の様子を見るに、あえて怒らせたのだとイリクは思った。怒りに任せ、少女の動きは明らかに精彩を欠いている。

 しかしそれでも、なんて見事な剣捌きなのだろうと、イリクは思わず見惚れていた。一派一絡げの衛兵達とはまるで違う、彼らこそが正真正銘の帝国騎士なのだとすら思えた。


「我が王への侮辱は、許さない」

「ならばどうする、まさか俺に勝てるつもりでいるのか?」


 男は少女の軽い剣を振り払うと、今度はこれまでの受け太刀から転じて、体重の乗った重い一撃一撃を少女に向け放った。

 少女は最初の何太刀かは辛うじて防いでいたものの、やがて壁際に追い詰められ逃げ場を失うと、脇腹に深い一撃を打ち込まれ真横に吹っ飛んだ。そしてその延長線上にいたイリクも、衝撃を受け止め切れず一緒に倒れ込み、石の壁に背中を強打した。

 間接的にでも伝わってくる男の怪力は、まさに驚異的なものであった。もちろんそんな男と互角に渡り合っている彼女も、十分只者ではない。


「うぅ……」


 あまりの痛みにイリクが動けないでいると、それを庇うように少女は手を広げ、剣を構えた。どうやら脇腹を打たれる直前、柄で斬撃を防いだようだった。

 そうしているうちに男の追撃が飛んできて、二人仲良く斬られていてもおかしくは無かったが、何故かそうはならなかった。

 男は立ち止まり、しばらくの間無言でこちらの様子を伺うと、やがて落ちた剣を回収し二本とも鞘に収め、そのまま出口へ向かって身を翻した。


「……待ちなさい、ロウ!」


 傷口を押さえながら、少女が再び男の名を呼んだ。


「あなた達は、何を……あの男は、一体何を企んでいるの?」


 男は足を止め首だけで振り返ると、少女に向けて「応える必要は無い」とだけ告げた。その声は最初の時のような殺伐としたものではなく、少し戸惑いを孕んだ人間らしいものであった。

 イリクは男がなぜ突然引いたのかが分からなかったが、そもそも襲われた理由も分からないのだ。今はただ、自分の命がまだ奇跡的に残っている事に感謝するしかなかった。


 やがて男の気配が完全になくなると、辺りに張り詰めていた空気は徐々に深夜の静寂に溶けていき、塔の外で鳴く虫達の声が聞こえるようになった。

 体感としては数時間に及ぶ死闘のようにも思えたが、実際にはほんの数分間の出来事である。男は暗殺者の如く突然現れ、そして突然去って行ったのだった。


 緊張の糸が切れたのか、イリクは目の前で安堵の息をつく少女の横顔を見ているうちに、ふと視界が狭まり、そのまま意識を失った。




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