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04.




 嘘のように鮮やかなそのブロンドの髪には、きっと見覚えがあった。

 イリクが戸惑いながらも本棚の陰から出ていくと、薄いシルクのドレスに身を包んだ少女が、ぱっちりとした目を瞬き尻餅をついていた。


「……君は、」


 少女は足元にいたホロを驚いたような目で見ていたが、やがてはっと我に返りイリクを見上げ、ドレスの裾を慌てて直した。先程悲鳴を上げたのが相当恥ずかしかったのか、顔が少し赤くなっている。そして床に落としていた短剣を拾い上げると、身を守るようにそれを構えた。


「あなた誰? ここで何をしているの」


 ドレス姿に剣という違和感からか、それとも少女が立ち上がっても思いの外小柄だったせいなのか。不思議なことに、イリクは武器を向けられていても少しも怖いとは思わなかった。


「あ、えっと……僕は別に怪しい者じゃ」

「怪しいに決まってるじゃない、ここはエルドー個人の書斎よ」


 それはお互い様のような気がしたが、このままでは警戒を解いてもらえそうもなく、イリクはここへ至った経緯を簡潔に説明した。すると少女は意外にもすんなり短剣を下ろし、こちらの話を理解してくれたようだった。


「君は確か、あの時の……」


 彼女は昨日町で領主一行と出会した際、妾たちの列の最後尾にいたあの少女であった。昨日は顔も隠れており遠目にしか見えなかったが、印象深かったせいもあってか、イリクは一目見た時にすぐにそうであると確信した。

 あの時はただ美しい人形のように思えた彼女も、こうして話していると普通の女の子に見えた。ただその白い肌と髪は近くで見てもやはり作り物のようにきめ細やかで、動くたびにふわりと甘い香水の香りがイリクの元まで届いた。


「とにかく……あなたは早くここから出て行った方がいい、もうじきエルドーも目覚める時間だし」

「君は、ここで何をしてるんだ」

「あなたには、関係ないことよ」


 突っぱねるようにそう言うと、少女は長いドレスの裾を邪魔そうに払い、再び本棚と向き合い何かを探し始めた。時々ぶつぶつと独り言を言っては、並んでいる背表紙をひとつひとつ指で追っていた。


 少女のことは少し気になったが、イリクはいつまでもここにいる訳にもいかなかった。領主が起きてくる時間となれば、憲兵の数も増えよりここを抜け出すのが困難になる。早いところさっきの地下通路に戻ろうとしたとき、イリクはふと手元にホロがいない事に気が付いた。


 ついさっき少女と鉢合わせをしたどさくさで、どこかに隠れてしまったらしい。別に置いて行っても自分で帰ってこれそうではあったが、先程牢屋で助けられた借りがある。イリクは身を翻し、軽くその辺りを見回した。するとホロは部屋の隅に置いてあった小さな書卓の上で、特に何をするでもなくこちらを見ていた。


「……何してるんだよお前、早く逃げるぞ」


 イリクが手を伸ばすと、ホロはするりとその手を逃れ今度は卓の下へと潜り込み、何かを訴えるようにこちらを見上げていた。これまでもそうであったが、ホロがこうして積極的に動くような時には、必ず何かその先に意味があった。たとえ小さくとも、彼らは人間より遥かに多くのものを常にその目に映しているのである。


 イリクは自分も書卓の下に潜り込み、試しにその付近を軽く探った。すると敷物が少し不自然に捲れ上がっている部分があり、捲り上げると、その下に隠し扉のようなものが現れた。

 なんとなくではあったが、ホロが示しているのはその扉の事だろうと分かった。


「これも、地下通路に続いているのかな」


 イリクは書卓を横へとずらし、扉に手を掛けた。しばらく開けていなかったのか、軋みながら扉が開くと真っ白な埃が舞い上がり、イリクは思わず咽せあげた。

 扉の下には人ひとりがなんとか倒れそうな暗い階段があり、さらに下へと続いているようだった。


 そしてイリクが覗き込むように扉の下に身を乗り出すと、突如後ろから肩を掴まれ、少しの重みと共に甘い香りが漂ってきた。


「ちょっと……見せてくれる?」


 先程の少女だった。今の今まで別の場所で何かを探していたはずだが、いつの間にかすぐ後ろまで迫っており、イリクの背中にもたれかかるようにして扉の奥を覗き込んでいた。

 その距離の近さにイリクは思わず戸惑ったが、少女はそんなことは心底どうでもよさそうで、ドレスの裾を持ち上げると、イリクを押し除け階段の下へと迷いなく降りて行った。そして何故か少女の後を追い、ホロも暗闇の中へと消えて行った。


 イリクはもうどうにでもなれと思いながら、自分もその狭い階段を降りて行った。

 扉を閉めると中は本当に真っ暗だったが、階段はそれほど長いものではなく、すぐにまた開けた空間に出ることができた。


「フィン、照らして」


 暗闇の中先に降りていた少女がそう呟くと、温かみのある光がその場に灯り、先程までいた書庫とは打って変わって、今度は独房のように小さな部屋の中が露わになった。

 そして明かりを灯した少女の指に乗っていたのは、ホロよりも一回り小さい、真っ白な精霊獣だった。その見た目もホロとは少し違っていて、丸い頭からは動物のような耳がふたつ伸びている。そして少女と同じ深い海色の瞳が三つ瞬いていた。


「こんな所に隠し部屋があったなんて……どうりで探しても見つからないはずよ」


 少女は腰に手を当て部屋の中をぐるりと見渡すと、そこに置かれてあった本棚に飛びつきまた何かを探し始めた。

 上の書庫と同様ここにも本棚が二つほど並べられていたが、あえてこの場所に区別して置いてあるという事には、それなりの意味があるように思えた。


「……あっ、」


 間も無くして、端から順に本の背表紙を追っていた少女の手が、突如ぴたりとその動きを止めた。そしてゆっくりと抜き取った一冊の古い書籍、端端が擦り切れ、随分と年季が入っていそうな古書である。その濃紺をあしらった表紙と中身を念入りに確認すると、少女はその場に崩れ落ちた。


「やっと……見つけた、曾お爺さま」


 それが一体どういった書き物なのかはイリクには分からなかったが、少女の様子から察するに、とても大切な物であるという事は伝わった。

 そして少女はしばらくはその古書の中身に目を落としていたが、やがて軽く鼻を啜りながら立ち上がると、イリクの方を振り返った。


「ありがとう……あなたのおかげで、私の探していた物がやっと見つかった」

「その本、そんなに大切なものなの?」


 イリクが尋ねると、少女は涙で瞳を光らせながら、ゆっくりと頷いた。


「亡くなった曾祖父の残した物で、私はもう二月以上も、ここでこれを探し続けていたの」


 話によると、彼女はやはり領主エルドーの所有する七人の妾の一人であり、それはイリクが覚えていた通り、間違いではなかった。しかし彼女が他の妾たちと唯一違っていた点は、領主に金を積まれここへ無理やり連れてこられたのではなく、自らの意思でエルドーに近づいたのだということ。そして彼女の真の目的こそが、今手元にある古書を見つけ出す事であった。


「アリシャナよ、こっちは精霊のフィン、」

「アリシャナ……」


 帝都の周辺ではほとんど聞かない、珍しい響きの名前だとイリクは思った。思えば彼女の話し方には微かにだが地方の訛りのようなものがあり、精霊獣を当たり前に連れていることも含め、生活文化の違いがあるように感じた。


「僕はイリク、それからこっちがホロ……この場所を見つけたお礼なら、僕じゃなくてこいつに言ってやってよ」


 イリクはホロを手の平に乗せ、少女の前に近づけた。

 すると少女の肩に乗っていた精霊獣が興味を示したのか、ふわりと近づいてきてはイリクの手の上に乗り移った。


「ありがとうホロ、イリク」


 イリクは少し照れ臭くなって、思わず俯いた。


「さてと……これさえ手に入れば、もうここにいる意味もないわ」


 そう言うと、アリシャナはドレスの裾に手をかけ足の部分を躊躇いなく引き裂き、動きやすいようその場で簡単に仕立て直した。


「私はもうこの屋敷を出るけれど、イリク、あなたはどうする?」


 尋ねられながらイリクは、彼女の事を恐るべき度胸の持ち主だと思った。

 金と権力でここユサの町を支配している男と言えば、同じ年頃の町娘たちは皆が恐れ慄き、誰も逆らおうなどとはしないだろう。

 そんななか彼女はその小さな体ひとつでここに潜り込み、二月もの間ずっと一人で探し物をしていたのである。もしも見つかれば、一体どんな目に遭わされるかも分からない。それを考えると、信じられないほどの行動力、そして勇敢さであるとイリクは素直に思った。


「君は、一体何者なの?」


 イリクが尋ね返すと、アリシャナは少し驚いたように目を見開き、それから笑顔を浮かべ自信に満ちた表情で答えた。


「ただの冒険者よ」




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