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02.      




 思えば最初に会ったときから、気にくわない奴だと思っていた。


 クサンの町から長い行商を終え久しぶりに家に帰ると、人の部屋で我が物顔で寝ている奴がいた。

 憂さ晴らしに少し怖がらせてやろうと思ったが、そいつは武器を見て驚きはしたものの、怯えた様子はこれっぽっちも見せなかった。それどころか、妙に馴れ馴れしい態度で話しかけてくるのだ。

 そんな奴がこれまでいたかと言えば、グレンの記憶にある限りでは、一人もいなかった。


 その変わった少年は、名前をイリクと言った。

 最初は見た目よりもずっと侮れない奴なのかと思ったが、そういう訳でもなかった。こちらが柄にもなく「兄弟」などという言葉を使うと、簡単に騙され嬉しそうに自分のことを話し始めた。やはり見た目通りの馬鹿なガキだとしか思わなかった。


 しかし馬鹿は馬鹿でも、その度胸だけは使えると思った。

 兼ねてより計画していた領主館への潜入、そしてイカれた領主が余るほど抱えている金品財宝を盗み出す計画を、今なら実行できるとグレンは考えた。


 もしも領主の財宝を盗み出すことができれば、その金を使ってまずは自分をコケにしたカルタ商会の幹部たちに、復讐ができると思った。散々手癖が悪いと馬鹿にした奴らを、今度こそ見返してやることができる。クーデターだか何だかは知らないが、死に急ぐような奴らは、全員死ねばいいと思っていた。


 そしてグレンはこんなゴミ溜めのような町からサラを連れ出し、新しい住処を見つけ一からやり直したかった。出来れば自分で商会を作ってみたい。くだらないルールや理不尽な目に合わない理想の居場所を、金さえあれば作り上げられると、本気で思っていた。


(……サラ)


 宿屋の裏手にある物置き小屋まで帰ってきたグレンは、ずっしりと重い荷物を枕に、少しの間転寝をしてしまっていた。ここならば誰にも見つかる事はないだろうし、昨晩から徹夜で動き続けた疲労が、ここへきて一気に押し寄せていた。

 目覚めると小窓から見える日はすでに真上に上り、ちょうど正午の頃合いを示していた。


(あいつ……今頃どうなったかな)


 グレンは体を起こし、自分が下敷きにしていた大きな布袋の中を確認した。中には宝石や金でできた装飾品などが隙間もないほど詰め込まれており、これでも宝物庫にあったものの、ほんの一部しか持ち出すことは出来なかった。


 グレンはイリクと地下牢で別れた後、狭い地下道を進み、狙い通り中央館の地下にある宝物庫へとたどり着いた。そこは領主個人が保有しているコレクションを飾った部屋で、見張りの憲兵なども一人もいなかった。

 その無防備な部屋で金品を片っ端から詰め込んでいたグレンは、日が昇り人出が増え始めた事に気がつき、慌てて町へと戻ってきたのだった。初めから、イリクを助けに戻るつもりなど全くなかった。


(あいつも貴族って言ってたし、殺されることはないだろう……まあもっとも、人質にされて身代金を要求されることはあるかもしれんが)


 少々自分に都合のいい解釈だったかもしれないが、もとより騙される方が悪いのだ。

 グレンは伸びあがり金品の入った袋を背負い直すと、そのまま意気揚々と物置き小屋の扉を開け外に出た。


「……!」


 そして扉を開けてすぐに、グレンは足を止めた。

 小屋の入り口から小道を挟んだ正面に、妙に風格のある女が一人立っていた。別に好みではなかったが、その長い足と長い髪は悪くないと思った。

 そして女は腕を組み壁にもたれかかったまま、なぜかこちらの様子をじっと窺っていた。よく見ると腰に剣を一本さしており、佇まいからも只者でないことは一目見て分かった。


「あ、えっと……」


 グレンは思わず袋を後ろへ隠すようにして持ち替え、その場をそそくさと去ろうとした。


「連れを探しているのですが、どこにいるかご存知ないですか?」

「え……?」


 女は突然そう話しかけてきては、確信めいた目をこちらに向けていた。そしてグレンはその顔を見て、唐突に思い出した。昨晩イリクを襲う前に、きまぐれで忍び込んだ部屋で眠っていた女。何やら気が高ぶっていて、そのこと自体をすっかり忘れてしまっていた。


「さあ知らねえな、どんな奴なんだ?」

「どちらかと言えば小柄で細身、基本的にはぼんやりしてる感じなんですけど、知りませんか」


 グレンは冷や汗を垂らしながら、知らないと答えた。普段はこれほど他人との会話で後れを取る事はないのだが、なにせ抱えている物が物だけに、焦るのも無理はなかった。

 そして女は用が済んだにも関わらず、腕を組んだままグレンの方をじっと見続けていた。


「まあ、近くでそんな男を見かけたら、また知らせるよ、俺はここの宿屋に住んでるから……じゃあ、」

「わたし、男だなんて一言も言っていないのですが」


 グレンは口元を引きつらせ、ゆっくりと振り返った。やられたと思った時には、すでに遅かった。

 女は壁から背中を離すと、早足でこちらへ近づいてきた。その形相は何やら殺伐としており、静かな怒りを感じさせた。


「何か知っているならさっさと教えてくれませんか? こっちは朝からその連れを探して町中駆け回った挙句、こんなところで夜な夜な人の部屋に忍び込んだ変態を見つけてしまったんですから」


 グレンは思わず大事な荷物を取り落としそうになった。


「なっ、あんた起きてたのか……なんで俺だと分かった、顔は見られてなかったはずだぞ」

「足音が同じだったので分かりました」

「足音……!?」


 イリクの言っていた通り、やはりこの女は只者ではないとグレンは思った。


「わたしの部屋に来たということは、おそらくはあの後か前にイリクの部屋にも忍び込んでいたのでしょう? もし彼の行方を知っているのなら、すぐに教えてください、別にわたしは、あなたに怒っている訳ではないですから」


 それを聞いてグレンは、ひとまずはほっと息をついた。

 しかし安堵したのも束の間、もしもイリクを騙し領主館に置いてきた事がバレれば、今度こそあの剣で串刺しにされかねなかった。


「あら、息子じゃない、帰ってきてたの?」


 店の裏手で騒いでいたのを聞きつけてか、サラが物陰からひょっこりと顔を出した。何やら久しぶりに顔を見ると疲れているように思えたが、如何せん今はそんな場合ではなかった。


「リファさん、イリクは見つかった?」

「いえ、それがまだ……」


 サラが出てきたことで、女の殺伐とした表情が少しだけ緩んだ。しかしその鋭い目線だけはしっかりとこちらに向けられたままで、グレンはもう逃げられないと観念し、腹をくくるしかなかった。




 ***




 食堂にて全てを洗いざらい吐かされたグレンは、針の筵状態と化していた。

 テーブルの向かいに座ったサラは頭を抱え、心底呆れたように溜息をついている。そしてリファと名乗る女はと言うと、思っていたよりは冷静な様子で、眉間にしわを寄せ静かに怒りを募らせていた。


「グレンあんた、何考えているの?」


 ひとしきり失望し終わったサラに問いただされたが、グレンはそっぽを向いたまま黙り込んでいた。


「まったく……これじゃ死んでもシーラに合わせる顔がないじゃない」


 サラはまた溜息を落とし、テーブルに肘をついたままがっくりと項垂れた。


「別に、貴族だか何だか知らねえけど、気に入らねえしちょうど良かったから利用したんだよ」

「あんた……本気で言ってるの?」

「おかげでほら、くそったれ領主の所からこんなにお宝盗ってこれたんだぜ? これでもう、憲兵どもにビクビク怯える生活ともおさらばだ」


 グレンは足元の袋から無造作に金品を掴み取ると、それをテーブルの上にばら撒いた。

 サラとリファはそれを反射的に一瞥するも、まるで興味がないといった様子で見向きもしなかった。そしていよいよ怒りを抑えきれなくなったサラが、立ち上がりグレンの頬を強く叩いた。


「盗みはやめたって、前に言っていたわよね? そんなんだから、あなたはいつまで経っても」

「あの、サラさんちょっといいですか?」


 今にも親子喧嘩が始まりそうな張り詰めた空気の中、リファが咄嗟に話を遮った。


「とりあえず事情は分かりましたし、わたしはこのままイリクを助けに行ってもいいですか?」

「え……それはもちろん、構わないけど」

「ああ見えて悪運だけは強いですから、きっとまだ大丈夫ですよ」


 そう言うと、リファは素早く立ち上がり、これは癖なのか腰の剣に手を当てきちんと刺さっていることを確認した。


「グレン、あんたも一緒に行きなさい」

「え……!?」

「当たり前でしょ、イリクの居場所はあなたしか知らないんだから」


 見たことがない形相で怒っているサラに睨めつけられ、グレンは狼狽えた。


「いやでも、こんな真昼間に忍び込むなんて、無理に決まってるだろう、絶対捕まって無駄死にするだけだ」

「誰が忍び込むなんて言ったんですか」

「……え?」

「私はコソコソなんてしませんよ」


 正気で言っているのだとしたら、頭がおかしいとしか思えなかった。

 グレンは俯いたままなんとかこの場を逃れる方法は無いかと必死で考えたが、すぐには何も浮かびそうもなかった。せっかく宝の山を持ち帰ったというのに、このままでは今度こそ捕まって殺されてしまう。

 しかし今このリファという女と一緒に行かなければ、それこそサラは絶対に許してくれそうもなかった。そうなればいくら金があっても意味が無いのだ。結局のところグレンには、イリクを助けにいくという選択肢しか残されていなかった。


「分かった……案内するよ、すればいいんだろ」




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