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06.     




 小瓶の中には、青白い葉をつけた苗木のようなものが入っていた。その木は丸く形取られた少量の土に刺さっており、夜の暗闇の中うっすらと発光しているように見えた。


 コルクの蓋を指で摘み開けると、苗木が空気に触れ光は五つに色分かれしていく。それは精霊の灯した光であり、こうして精霊樹の若苗を簡易的に持ち運べるようにしたものは、クルシュナ帝国の精霊研究における最大の発明として、世に知れ渡っていた。


 リファの手にある苗木の中には、五つの精霊が宿っていた。

 一つ目は火起こしの精霊。

 二つ目は水を浄化する精霊。

 三つ目は光を灯す精霊。

 四つ目は簡単な傷を癒す精霊。

 そして五つ目は、同じ苗木に宿したことのある精霊同士を介して、遠方にいる人間と会話をする精霊であった。

 これらは帝都を出るときにリファが待たされたもので、特に通信用の精霊は、軍でも部隊長クラスの人間しか保持する事を許されていなかった。


 しんと静まり返った、ひと気のない深夜の屋上。

 リファは慣れない手つきで苗木の中から光をひとつ取り出すと、他の光が逃げてしまわないよう、慌ててコルクで蓋をした。そして取り出した光を両手の平で包み込み、周りを見渡し誰もいないことを確認した。


「……リュウン様」


 光に向かって囁くように呼びかけ、返答を待った。

 しばらくすると、精霊の光が何度か瞬き、途切れながらも微かに返事をする声が聴こえてきた。


「やあ、リファ……久しぶりだね」


 その低く落ち着いた声で名を呼ばれると、リファは思わず口元を緩めた。こういう時は、相手に表情が伝わる仕様でない事を心底感謝する。


「よかった、まだぎりぎり声の届く距離にいるみたいだね」

「ええ……ですがこれ以上東へ進むと、流石に通信は厳しくなるんでしょうか」


 そうなると、こうしてリュウンと遠隔で会話をするのも、今日が最後になる。

 リファはイリクを石の塔から連れ出した日以降の出来事を、なるべく細かく説明した。深層生物と遭遇し、船がユサの町までで引き返してしまった事。そしてこの町の現状、今後の進路など、時々質問を交えながらも、順序立てて全てを伝えた。


「なるほど……しかしユサの町がねぇ……」

「あなたのお力で、何とかなりませんか? 忙しいのは重々承知なのですが……私一人の力では、とても解決できそうもなくて」


 淡い精霊の光を通して、向こう側の沈黙が伝わってくる。書類だらけの机に座り、顎に手を当て考え込む男の姿が、リファの目にありありと浮かんだ。


「……うん、何とか策を練ってみるよ、少し時間がかかるかもしれないけど、それでもいいかい?」

「……ありがとうございます、では後のことは、よろしくお願いします」


 リファは息をつき、ほっと胸を撫で下ろした。こういう言い方をする時のリュウンは、おそらく九割近くは勝算が見えているのだ。長い付き合いからくる信頼が、リファにこれ以上無い安心感を抱かせた。


「それで……どうだい?」

「……ん、何がですか?」


 リファは精霊を持ち直し、尋ね返した。


「何って弟だよ、弟、今の話ではまだ一緒にいるみたいだけど、どうやら君のお眼鏡にはかなったみたいだね」


 この話題については覚悟していたつもりだったが、思っていたよりもずっと早く投げ込まれリファは戸惑った。帝都では遠征隊に合流すると息巻いていた手前、情が移り別れられなくなったとは言い難かった。


「ええと……まあ、想像していたよりは、ずっと穏やかで親しみやすい方でした、が、やはりあなたに似て少し頑固と言いますか、時々信じられないような無茶をするので目が離せません……というか、見ていると割と苛つきます」


 リファが心中を素直に吐露すると、向こう側で吹き出すような笑い声が聞こえた。


「はは、いやごめんごめん、君の口から頑固なんて言葉が出ると思わなくて、つい」

「……馬鹿にしていますか?」


 リファはむっとして言い返した。


「いや別に、軍学校一の頑固者と言われた君の事だ、さぞかし気が合う事だろうと思ってね……まあとにかく、まだ一緒に行動してくれていて良かったよ」

「……まあ、そうなんですけど」


 むくれながらもリファが今後は聖地リッカヘ向かうつもりだと伝えると、リュウンは上機嫌な様子で、是非そうしてくれると助かる、と言った。


「この先旅をしていけば、あれはきっと君の役に立つと思う」

「……それについても、正直私にはまだよく分かりません、ですが……ひとつだけ、」

「ん?」


 その時リファは、船で深層生物と戦った時の事をふと思い出していた。確かに海獣を討ち取ったのは自分だが、その決定的な隙を作ったのは確かにイリクだった。

 あの時帆柱の後ろにいたリファは、正直ワズの事は諦めるつもりだった。迫り来る牙から二人を同時に助けることは難しく、咄嗟にイリクの身だけを引っ張り上げるつもりでいた。しかし海獣は、二人に喰らいつく直前、不自然にその動きを止めた。まるでただ剣を構え立っているだけのイリクに、恐れを成すように。


 その出来事をリファが打ち開けると、リュウンはまたしばらく黙り込み、ふいに質問を投げかけてきた。


「リファ、君は………この国に議会が設立し王政が廃止になってからも、なぜ僕たちクルシュナ王家の人間がこうして生かされ、不自由を強いられながらも遺されてきたのか、考えた事があるかい?」


 無いと思った。そうして問われれば確かに不自然に思えるが、リファは今までその事実に疑念を抱いたことは、一度もなかった。


「……他国に対する国の象徴的意味合い、という見方が、私たち軍人にとっても一般的な考えではありますが」

「んー……それもそうなんだけど、もっとこう、本質的な意味合い、と言うか……」


 リュウンが何を伝えようとしているのかが、リファにははっきりとは分からなかった。そしてふと気がつくと、手に中にある精霊の光が、最初よりも弱くなったいる事に気が付いた。おそらくは向こうも同じ状態になっており、もうあまり時間は残されていなかった。


「リュウン様……!」


 リファは前のめりになり、縋るようにして呼びかけた。この通信が切れてしまえば、おそらくはもう連絡を取ることは叶わない。先の旅の危険性を考えれば、もう帝都に戻ることなく別れることだってあり得るのだ。決意したのは自分のはずなのに、それがリファには、たまらなく寂しかった。


「リファ、最後に、ひとつだけ」


 すでに途切れ始めた声を逃さぬよう、リファは必死で耳を傾けた。


「ユジン兄さんが、先日多数の部隊を引き連れて、帝都を出陣した……気をつけろ、あの男がーー」


 まだ言い終わらないうちに、精霊の光は涙ほどの大きさにまで縮んでしまい、リファの手の中にぽとりと落ちた。死んだわけではない、瓶に戻しまた苗木の中で休ませてあげれば、七日程でまた使えるようになるのだ。


「リュウン様……」


 苗木の入った瓶を握りしめ、リファはしばらくその場を動かなかった。





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