表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/29

05.     




 結局それから二人は一度も領主一行に出くわす事もなく、人気のない町の高台に登った後、サラの待つ宿屋へと戻った。

 その頃には日も傾き夕方になっていて、町は家路に着く町民たちで溢れかえっていた。


 そしてふと宿屋の扉に手をかけたところで、何かの異変を感じ取ったのか、入り口の前でリファの動きが不自然に止まった。


 「……リファ?」


 イリクが後ろから呼びかけると、リファは腰の剣に手をかけ、何やら険しい表情でじっと中の気配を探っているようだった。そして横目でイリクにも警戒を促すと、ゆっくりと扉を開け店の中に入った。


 もう夕方にも関わらず食堂には他の宿泊客の姿は見当たらず、代わりに武装した男達が三人程、カウンターの奥にいるサラを取り囲むようにして立っていた。

 今朝方サラに絡んでいた取り巻きたちとは、明らかに雰囲気が違う。彼らは領主に付き従う憲兵たちであった。何やら重々しい雰囲気の中、サラは男たちと目を合わせないよう俯いたままグラスを磨いていた。


「なんだ、また客か……」


 憲兵たちが振り返り、入り口にいたリファとイリクの方へと近づいてきた。どうやらこの時間に客がいないのは彼らの仕業らしく、腰の剣をチラつかせては宿泊客たちを威圧し、追い返しているようだった。


「悪いけど、ちょいと取り込み中でな、出直してくれるかガキども」


 イリクはリファの前に出て、男を見上げ睨みつけた。


「お前たち、サラさんに一体何の用だ」

「子供にゃ関係ねえよ、さっさと帰んな、こっちは大事な話してんだからよ」


 先日酒屋で絡まれた連中とはまた別の憲兵だったが、三人とも揃って人相が悪く、一目見ただけで何か良からぬ事を企んでいるのだと分かった。

 そしてこちらに気がついたサラが慌てて走ってきて、イリクたちを庇うように手を広げ、男たちを下がらせた。


「この子達は関係ないから、通してあげて」


 そう言うと、意外にも憲兵たちはすんなりと身を引き、宿部屋への道を開けた。その隙にサラが早く二階へ上がるよう目で訴えていたが、イリクはその場を頑なに動かなかった。

 すると憲兵の一人が苛立ちを抑えきれず、剣を抜きその切先をイリクの首元に突きつけた。殺意がないことが分かっているのか、リファも扉にもたれかかり腕を組んだまま、動こうとはしなかった。


「調子に乗るなよクソガキ、俺たちに逆らうとどうなるか、まさか知らねえ訳じゃねえよな」

「そんなの知らないよ、威張り散らしてる暇があるなら、見回りにでも行けばいいだろ」


 剣を突きつけられても顔色ひとつ変えないイリクに、男は血管を浮かび上がらせさらに激昂し、今度は胸ぐらを引っ掴んできた。そして残りの二人がサラの腕を無理やり拘束し、そのまま連れて行こうとした時、イリクはようやく自分の腰に刺した剣に手を伸ばした。

 母から受け継いだ形見の霊剣。人前で抜いたことは無かったが、母の大切な人を守るためなら、きっと許されると思った。


「イリク、」


 咄嗟にリファに呼び止められ、イリクは剣を半分抜いた時点で手を止めた。見ると、イリクを掴んだ憲兵の腕の上に、懐に隠れていたはずのホロが乗っていた。もちろんイリクを守ろうという意図ではなく、単に遊んでいるだけのようだった。


 憲兵の男はその赤い三つ目と目が合うと、血の気の引いた顔で後ずさった。そして小虫を払うように腕を振ったり叩いたりいていたが、ホロは掴みどころのない動きでふわふわと男の体に纏わりついたまま離れない。

 急に手を離されたイリクは床に尻餅をつき、隙を見て男たちの手を逃れたサラに背中を支えられた。


「うわあああ、な、なんだこいつ……!?」

「じ、じっとしてろ! 今取ってやるから」


 憲兵たちが絵に描いたように慌てる中、外では夕刻を告げる鐘の音が鳴り響き、その場にいる全員の意識がそちらに向いた。

 男たちは顔を見合わせどうするべきか逡巡していたが、やがて苛立った様子で舌打ちし、渋々帰り支度を始めた。どうやらその鐘は彼らにとって領主館への帰着時間を意味しているらしく、また明日来ると言い残し、男たちは足音荒く店を出て行った。


「あぁ……よかった」


 サラがその場に崩れ落ち、安堵するように息をついた。


「二人とも、怪我はないね?」

「サラさん……あいつらと、一体何を話してたんですか?」


 イリクが尋ねると、サラは何でもないのだと言って最初は誤魔化していたが、問い詰めるとやがて観念したように溜息をつき、事情を説明してくれた。


 領主と共にこの町にやってきた憲兵たちが、あちこちに横行し悪事を働いていたことは知っていた。今日この店に来ていたのもその輩で、彼らはサラとこの宿屋に高い税収をかけては、金を払えなくなるとそのまま領主館へ連れていき無理矢理奉仕させるつもりなのだという。それが彼らの人攫いの常套手段であった。

 サラは今日まで何とか騙し騙しで店を切り盛りしてきたのだが、じきに限界を迎えこの店を差し押さえられる日も遠くないのだろうと言った。


「二年前にあの男がやって来てからというもの、住民たちの不満は募るばかり……このままじゃ、本当に暴動が起きかねないわ」


 テーブルについたサラが、真剣な面持ちでそう言った。

 町の女たちの他にも、主な被害を受けているのは貿易商人たちであった。

 ユサの町に拠点を置くカルタ商会は、帝国東部より作物や香辛料などを運び成長した、今はまだ規模の小さい商会である。陸路の開拓によりその利益を順調に伸ばしていたが、領主による法外な課税と運搬船の使役化により、甚大な損失を被っていた。


「帝都近郊にも独自の法令や制度を設け統治を行なっている者は沢山いますが、ここまで極端な悪政は正直あまり耳にしませんね」


 テーブルの下に隠れていたホロを摘み上げながら、リファが言った。


「帝都から、役人の視察は来てないのかな?」

「もちろん来ているはずです、が……大方賄賂でも積んでうまく誤魔化しているのでしょう、帝都にとっても、ここはあまり重要な交易拠点ではありませんから」


 軍に所属していたリファは、その辺の事情にも多少の知識があるようだった。

 そして話を聞きながら、サラは浮かない顔で茶葉を煮出した湯を器によそい、二人の前に並べてくれた。


「ねえ、リファさん? カルタ商会が動けば、きっと町を上げてのクーデターになると思うの……そうなると、武器を取り上げられてる私たちに勝ち目なんてあるのかしら」

「無いでしょうね」


 リファは無慈悲に即答した。


「仮に少ない戦力を数で圧倒出来たとしても、すぐに帝都からの要請で反乱鎮圧のための軍隊がやってきます……そうなれば、首謀者となったその商会は間違いなく消され、町の人間も無事では済まないでしょう」


 現実的な見解だが、もう少し歩み寄る言い方が出来ないのかとイリクが軽く咎めると、リファは拗ねたようにそっぽを向いてしまった。何やら機嫌が悪いような気もするが、元々こんな話し方だったような気がしないでもない。


 暗い現状に直面し重々しい空気が流れる中、サラが何かを思い出したように顔を上げ、口を開いた。


「そう言えばあなた達、港であの男に会ったでしょう?」


 あの男というのは領主の事で、どうやら一行はこの辺りにまでやって来たようだった。


「うん……でも会ったと言っても、物陰からこっそり見てただけだけど」

「まあ、あなたが見ていたのは、領主の後ろに並んでいた美しいご婦人達ですけどね」

「な、リファだって見てたじゃないか……!」


 とうとう二人は睨み合いからの口論になったが、結局はイリクが折れる形で話は早々に終わった。その様子を少し驚いたように見ていたサラは、呑気に「仲がいいのね」などと呟き、笑みを漏らしていた。


「でも実際……今のこの町に、あなた達が長居するのは良くないかもしれないわね」


 万が一領主に目をつけられ正体がバレれば、イリクは拘束され確実に帝都に送り返されてしまうだろう。領主は帝都からの心象を良くするためなら、どんな手段でも使う非常な人間だとサラは言った。


 そして隣を見ると、リファも同感だと言わんばかりに頷き、旅の身支度をすると言ってそのまま一人部屋に戻っていった。やはり何か様子がおかしい気もしたが、イリクはもう呼び止めなかった。


 そして考えていた。このままでは明日の朝にはまた憲兵たちがやってきて、サラを領主館へ連れて行こうとするだろう。それが分かっていて、みすみす自分たちだけ町を出るなど出来るはずもない。

 どうすればこの町を、サラを救うことが出来るのかを、イリクは部屋に戻ってからも考え続けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ