04.
「ーーという事があって、部屋も空いてるし、しばらくはここに泊まっていいってさ」
翌朝の食堂で、イリクはリファに昨晩の出来事を全て説明した。
リファも別れた後それなりに気に掛けてくれていたのか、よかったと一言で安堵すると、改めてサラに挨拶と自己紹介を済ませた。
サラも昨晩は随分と泣いていたにも関わらず、朝には何事もなかったかのように笑顔で他の宿泊客に接していた。どうやらここは彼女目的の船乗り達が多く集まる場所らしく、常連客らしき無骨な男達が、カウンターにべったりと張り付き他愛もない世間話を交わしていた。
「しばらくって……私はてっきり、今日明日にでもこの町を出るものだと思っていたんですが」
「え……!?」
リファはパンをちぎりながら少しずつ口に運んでいたが、その様子をトレーのすぐ横にいたホロがじっと見つめており、リファが欠片をそっと置いてやると、ホロはその周りを嗅いだりかじったりしながら、食事の真似事をしているようだった。
その様子に思わず笑みを溢しつつ、リファは冷静に言った。
「手紙は、ちゃんと渡すことができたのでしょう? だったらもう、この町に留まる理由も無いと思うんですけど」
「それは、そうなんだけど…」
リファの言う通り、目的を果たした以上この町に長居する理由は無い。こうしている間にも他の二人の兄の部下達が、エルドラの奥地を目指し夜となく侵攻し続けているのだ。リファが仲間と合流するためにも、二人は一刻も早く聖地リッカを目指す必要があった。
「でも、なんだかこの町……少し気になるんだ」
イリクが窓の外を見つめそう言うと、リファは不満そうに顔をしかめ、その真意を尋ねてきた。
この町が気になると言ったのは、主に町で好き勝手をしている領主とその憲兵達の事である。しかしそれとは別に、イリクは何か胸騒ぎがするような気がして、直感ではあるが、正直サラの事も含めもう少しこの町の様子を見たいと思っていた。
「直感……ですか、そう言えばリュウン様も、よくそんな根拠のないことを自信満々で言っていましたね……クルシュナ王家の、血なんでしょうか」
リファは他の宿泊客を横目に見ながら、そんな皮肉を言った。
「そ、そんな大層なものじゃ無いと思うけど、」
「イリク、私たちの目的は、あくまでエルドラの地に向かうこと……行く先々での人助けが目的では無いということを、くれぐれもお忘れなく」
リファの言うことは最もだった。しかし、結局イリクはあと二日だけ滞在することでなんとか手を打ってもらい、朝食を終えた後は長旅の準備をするため、市場へと買い出しに行くことになった。
そして出発する間際にイリクはサラに呼び止められ、後で見てもらいたいものがあるのだと伝えられた。どうやら母シーラの研究成果の一部を彼女はもう何年も預かっていたようで、それを渡したいのだという事のようだった。
「なんだかあの方、昨晩とは別人みたいですね……私たちのことは、なんと?」
人で賑わう船着場を歩きながら、リファが尋ねた。
「本当のことを全部話した……大丈夫、きっと信用できる人だよ、力になってくれる」
「またそんな、根拠の無いことを」
とは言いつつ、リファもサラの事は何だかんだ信用に足る人物だと思っているのか、それ以上は何も言及しなかった。サラは親切で面倒見もよく、イリクが昔母から聞いて思い描いていた通りの、不思議な魅力を持った女性だった。
「それにしても、こう人通りが多くちゃ落ち着かないな、一体今日はなんの祭りなんだろう」
「小さな町なので、私はそれほどには思いませんが……というか、あなた帝都の港場でも全く同じことを言っていましたよ、ひょっとして祭りが好きなのですか?」
イリクは露店の店先にならんだ珍品を眺めながら、祭りが嫌いな人がいるのかとリファに尋ねた。
ユサの町というのは、元々は旧帝国時代、帝都から東南領に向かう為の中継地点として栄えた町であった。陸路、海路共に多くの人が立ち寄り、特に聖地リッカヘの巡礼者たちには重宝される場所となっていた。
ところが数年前、さらに東寄りにクサンの港町が建設されてからは、帝国政府からの重要性は薄れ、今ではたった一人の領主によって統治される小さな町となった。そしてかつての繁栄の名残を残すかのように、町のあちこちには古い廃屋や空き家がやたらと目立った。
「リファ、どうかした?」
「いえ……なんだか、人通りが疎らになってきたような気がして」
野営道具や食糧などをあらかた買い終えた二人は、まだ日が高いにも関わらず、市場の人通りが目減りしている事に気が付いた。
店を開いている者は仕方ないが、買い物目的で来ていた町民は、そそくさとその場を去るようにして数を減らしていた。
「ちっ、そういや今日は視察日だったか……店じまいだ」
サラへの手土産にと立ち寄った魚屋の主人が、吐き捨てるようにしてそう言った。人が減った理由をイリクが尋ねると、店主は心底苛立った様子で、領主が下町に降りてきているのだと教えてくれた。
ユサの町を取り仕切っている領主は、基本的にはずっと屋敷に篭っており、月に二度の視察日にのみ下町に顔を出す。まだ年若い男だと聞いていたが、その嫌われぶりは町民たちの反応を見る限り、噂以上であるとイリクは思った。
「ほれ、来たぞ……お前らも中に隠れとけ、目を付けられるとろくな事になんねえからな」
親切な店主に言われるまま、イリクとリファは店の天幕の中へと身を隠した。そして魚屋の主人が指差した方向を見ると、市場の向こうから蜘蛛の子を散らすようにして、件の領主一行が姿を現わした。
必要以上に武装した憲兵たちを大勢引き連れ、住民たちを威圧するように道の真ん中を歩いていた。あれでは視察も何もあったものではないと思ったが、この町ではあれが当たり前の光景となっていた。
自らの権威を見せつけるように、ぞろぞろと一行が店の前を通り過ぎていく。初めて目にする噂の領主は、口元に薄く髭を携え、耳や指に山ほどの装飾品をこさえた細身の男であった。
そして領主の後ろに続いて歩いていたのは、昨日酒場で聞いた七人の妾たちであった。こちらも異国風のドレスや宝石で着飾っており、皆顔の前に薄いシルクを垂らし、俯いたままゆっくりと歩いていた。
浅黒い肌や星色の髪、信じられないほど長身の女性など、妾たちは噂に聞いていた通り、あらゆる国から買い集められ多種多様な見た目をしていた。そして共通して皆目を疑う程に美しく、領主を避け敵意を向けていた住民たちも、その美しい女達にだけは、うっとりとした視線を向け食い入るように見ていたのだった。
「なんだか、異様な光景ですね……」
あまり興味を示していなかったリファでさえ、その美女達の闊歩する姿には思わず目を奪われたようだった。
イリクは婦女達の姿を一人一人確認するだけで精一杯だったが、前から順番に七人目、最後尾を歩いていた小柄なその少女にだけは、何故かふと目が止まった。
少女は他の妾達に比べると目立った身体的特徴は無かったが、腰まである長い金髪を揺らし、さらけ出した肩口の肌は雪のように真っ白だった。
そして無意識に少女のことを目で追っていたイリクは、前を通り過ぎていく寸前、シルクの隙間からその少女と目が合ったような気がした。魚屋の天幕の奥にいたイリクのことを、偶然にも少女は横目に見ていたのだ。そして心なしかその口元が微笑んだように思えたが、確かめるまでもなく、一行は店の前を通り過ぎていった。
イリクはぼんやりとした顔のまま、少女の後ろ姿をしばらく見つめていた。ひょっとすると、見惚れていたように見えたかもしれない。
気が付くとじっとりとした目でリファがこちらを覗き込んでおり、イリクは慌てて誤魔化した。




