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プロローグ
また同じ夢を見た。
息を切らし、灰色の森の中を彷徨う少女の夢である。
顔はぼんやりとして分からないが、薄い布切れからのぞく褐色の手足には、無数の傷跡がある。
そして少女はいつも、何かに追われていた。長い髪を振り乱し、時々後ろを振り返っては深い森の中を走り続けるのだ。
そうしているうちに、いつしか少女は池の畔へと辿り着いた。
水辺では四、五人の男達が野営をしており、そのうちにこちらの存在に気が付いた男の一人が、訝しげに眉を寄せゆっくりと歩み寄ってくるのが分かった。口元に濃い目の髭を携えた中年の男である。
男は片手で木の枝を持ち上げながら、少女に向かって手を差し伸べた。その貼り付けたような笑みの奥には確かな悪意が潜んでいたが、少女はそれに気が付かない。ぞろぞろと後ろに集まってきた連中も、皆同じ目をしていた。
——その手を取っては、いけない。
咄嗟にそう叫んだが、声は届かない。
やがて男の大きな手がすぐ近くまで伸びてきて、少女の視界を暗く覆った。その瞬間、イリクは寝床から飛び起きた。