01.
酒場の中は、男たちの笑い声で満ちていた。
船着場に沿って立ち並んだ古い石造りの建物は、そのほとんどが町の船乗りや商人達に、酒と食事を提供するための場である。
その店の一角で、中央の円卓テーブルを占領し陽気に酒を飲み交わす男達は、皆軽く武装をしており兵士のような格好をしていた。そしてそんな輩をよそに店の隅で細々と食事をする他の客たちは、どこか冷ややかな視線を向けつつひそめき合っていた。
「七人の、妾……?」
騒ぎ立てる男達を横目に見ながら、イリクは聞き返した。
ローブを羽織りカウンターテーブルの一番奥に腰掛けたイリクの前には、木皿に盛られた魚料理と、水っぽい果実酒が一杯。そして鼻の上にそばかすをびっしりと浮かべた、赤毛におさげの町娘が立っていた。
「この町じゃ割と有名な話でね、今の領主様がそれは大層な好色家で、奥方はいないんだけど、町の小綺麗な娘を片っ端から集めては、みんな屋敷で召し抱えちゃってるのよね」
「へぇ……それは中々」
イリクは果実酒を仰りつつ、相槌を打った。
「中でもその領主様の一番のコレクションていうのが、船であちこちの異国から集めた七人の妾たち、それはもう、目を疑う絶世の美女達よ」
赤毛の町娘は、辟易とした様子でそう語った。
ここユサの町はクルシュナ帝国の隷属領にあたり、その統治を任されているのはもちろん帝都から派遣された貴族や公爵家の者である。例外はあるが、帝国にとって有用性の低い都市になればなるほど、家柄や人間性に問題のある人物が派遣される事も少なくはなかった。
この町を納める領主はまさしくその典型で、議会の目が届かないのをいい事に、町で私欲の限りを尽くしているようだった。
娘の話によれば、領主は町の税金と商船を使って国外から様々な金品を買い集め、その内の一つが、美しい異国の女達の収集である。月に二度の視察日には、肌や髪色の様々なその七人の妾たちが、領主の後に続いて町を闊歩するのだと娘は言った。
「……あんた、あんまり見ない顔だけど、旅の人?」
娘は磨きかけの酒瓶を置き、イリクの顔を覗き込んだ。
「まあ、一応そんな感じ」
「ふうん……何しにこの町へ来たのかは知らないけど、あまり長居はしない事をお勧めするわ」
イリクが理由を尋ねると、娘は声をひそめ、円卓テーブルで騒ぐ兵士達を顎で指しながら言った。
「ほら、あれ……その領主様と一緒に帝都からやってきた、お付きの憲兵達よ」
「憲兵?」
「町民と区別する為に領主から色んな特権を与えられてるんだけど、そのせいで好き勝手やっちゃってさ」
周りの客達がえらく距離を取って座っていたのは、どうやらそのせいだった。彼らに関わると金品の強奪や暴力は日常で、美しい町娘を見つけたならば、屋敷に連れて行かれ彼らの領主への点数稼ぎに使われるのだと娘は言った。
「あんたも割りかし上品な顔してるし、ちゃんと隠しといた方が身の為よ」
「……え、男でも?」
イリクはまさかと思いつつも、慌ててローブを目深に被り直した。
「そんなの関係無いわよ、とにかくあいつらに関わると、ろくな事になんないんだから」
憲兵達の騒ぎ声はますます大きくなり、酒瓶が投げつけられ他の客達への悪絡みなどが始まった。
その状況を後ろに見据え、イリクはしばらく黙り込んでいた。町は噂で聞いていた以上に、酷い有様のように思えた。
「ねえ……その領主様の話、もっと聞かせてくれない?」
顔を上げイリクが尋ねると、赤毛の娘は意味深にこちらを見つめ、「別にいいわよ」と答えた。そしてカウンターに身を乗り出しそっと耳元に顔を近づけると、この店の二階に自分の部屋がある事をそっと告げた。
その甘い囁きに、イリクは程よく酔いの回った頭が段々と鈍くなっていくのを感じた。そしてその心地良さは、店の扉を勢いよく開け入ってきた足音によって、一瞬で消え去った。
「一体何をやっているのですか……イリク」
「あ……リファ、」
イリクは振り返り、冷や汗を垂らしながら苦笑いを浮かべた。そこには同じくローブを深く被ったリファが、目を細めこちらを睨め付けるようにして立っていた。
そして目にも止まらぬ速さで腕を掴まれると、イリクはそのまま席を降ろされ店の出入り口へと引っ張られた。
「おい、ちょっと待て」
すかさず誰かに呼び止められる。どうやらリファが店に入ってきたところから、騒ぎ立てる憲兵の一人に目をつけられていたようだった。その憲兵は泥酔した様子で二人の前に立ち塞がっては、リファのローブを捲り上げその髭面で顔を覗き込んできた。
「見かけねえ顔だな……ちいと目付きは悪いが、手土産程度にはなりそうだ」
そう言うと、憲兵の男は酒を瓶のまま仰り、リファの腕を掴もうとした。その後ろで、イリクは心底男に同情した。大人しく酒に酔い潰れていれば、余計な怪我をせずに済んだのにと思った。
案の定リファは男の手を軽く捻ると、腰に刺した剣の柄でその髭面の顎を素早く小突いた。ほんの一瞬の事だったが、ただでさえ酔いの回った男を気絶させるには十分すぎる威力だった。
男は短く悲鳴をあげ酒瓶を床に落とすと、そのままゆっくりと後ろに倒れ込んだ。
「おい! お前ら何してる!」
異変に気が付いた憲兵達が、騒ぎを止め続々と集まって来た。振り返りその全員を黙らせようと構えるリファの手を今度はイリクが掴み、そのまま店を全力疾走で飛び出した。いつものリファならもっと冷静に対応しそうなものではあるが、どうやら憲兵に手土産と言われた事が軽く堪に触ったようだった。
追手を撒き細い路地階段に入ってからも、前を歩くリファの背中からは何やらただならぬ雰囲気を感じた。
「まったく……二手に分かれて情報収集しようだなんて言っておいて、やっぱり貴方もあの方の弟ですね」
階段を降りながら振り返り、リファは呆れたように言った。
「ご、誤解だって、僕は別にやましい事なんてなにも、」
「それで、どうだったんですか?」
必死の弁明を遮り、リファは聞き込みの成果を要求した。
イリクは咄嗟にさっきの町娘との会話を説明しようとしたが、上手く頭が回らず、言葉を詰まらせた。領主の話を聞いていくつか気になる事はあったが、まだ確証の無い事を話すべきかと迷っていた。
そんなイリクをよそに、リファは溜息をつき懐から一枚の紙切れを取り出した。
「どうせ、そんな事だろうと思ってました」
そう言って手渡された紙の中には、簡素な手描きの地図と、人か店の名前のようなものがいくつか記されており、その中のひとつには丸印が付けられていた。
「見つけましたよ、あなたの探している人物の居場所を」




