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07.     




 程なくして、リファは誰もいない甲板の上で剣術の鍛錬を始めた。

 聞けばそれは日課のようなもので、イリクは知らなかったが、船に乗ってからもリファは毎日欠かさず行っていたのだという。


 もはや誰にも隠す必要の無くなった自分の剣を手に、ゆっくりと時間をかけ素振りを始める。もしも襲撃のあった日にこの剣が手元にあったのならば、もっと楽に倒す事が出来ていたのだとリファは言った。


「ところでイリク様は、剣術の方はどの程度?」


 床に腰を下ろしその様子をぼんやりと眺めていたイリクは、不意に質問を投げかけられ慌てて答えた。


「まあ、型くらいなら少しは出来ると思う、けど」

「となると、旧王宮式ですか」

「いや……たぶんそういうものでも無いと思う」


 リファは何かが引っ掛かるのか、先ほどまで使っていた剣を鞘に丁寧にしまうと、無言でこちらに手渡してきた。どうやらその型を実際にやってみろという事らしかった。

 イリクは気が進まないと思いながらも剣を受け取り、その場でゆっくりと型を実演した。可能な限り、丁寧に。あまり気の抜けた事をすると、後ろで眉間にしわを寄せ睨んでいるリファに、怒られるような気がした。


 ともあれそれは幼い頃二人の兄たちに教えてもらったもので、型自体が大味だった事もあり、何とか最後まで通すことができた。子供の頃に体に染み付いた動きというのは、いつまで経っても忘れないものだと思えた。


「ど、どうかな……?」


 リファは腕を組み、やはり小難しい顔をしていた。


「何やら少し、変わった型ですね」

「え、変かな?」

「変というか……何でしょう、動きが大きすぎると言いますか、そもそも対人戦を想定していない動きのような……」


 口元に手を当て、ぶつぶつと独り言を唱えている。剣術の事となると、リファは特別真剣な様子だった。

 イリク自身もこの型の詳細についてはほとんど知り得ず、もちろん実戦で使った事など一度もない。石の塔では時々剣術の鍛錬をやらされたりもしたが、あれは身体の鈍りをほぐす程度のものだった。


 それからイリクはリファの鍛錬に付き合い何本か打ち合いをしたが、結局リファの長い髪一本にすら触れる事が出来ず、頭にこぶを二つほど作って降参した。

 リファの剣はとにかく速い。速すぎる動きを目で追うのが精一杯で、とてもまともに対峙できるような実力差ではなかった。そしてもちろんそれは、彼女の積み上げてきた努力の為せる技であった。


「あのさ、これからの事なんだけど……」


 イリクが精霊を肩に戻しながら切り出すと、リファは剣を鞘にしまい、自分も同じ事を話そうと思っていたと言った。

 元々は東端の港町クサンまで向かう予定が、船はその手前の街、ユサで引き返す事になった。そうなれば、エルドラ地方への出発点である聖地リッカへは、陸路を駆使し一月ほどかけて進まなければならなかった。脱走者であるイリクはそのまま帝都に帰還する事も出来ず、結局のところ選択肢は一つしか残されていなかった。


「僕は、ユサの町で船を降りようと思う……ちょうど、その町に用もあったしね」


 その決断はある程度予想していたのか、リファは頷き、自分もそうするつもりだと言った。


「リファは、リュウン兄さんのところへ帰らなくていいの?」

「今の私に出来ることは、一日でも早くエルドラの奥地へと辿り着き、あの方を王にする事です……帝都に戻った所で、私の仕事はありませんよ」


 あれだけの剣の腕があれば、欲しがる輩はいくらでもいるだろうとイリクは思った。

 そして黙ったまま話を聞いていると、リファはまだ何かを決断し兼ねていると言った様子で、迷いを顔に出しながらも口を開いた。


「すみません……本当は私、リュウン様よりあなたの旅の護衛をするよう言われていたんです」

「……え?」

「でも、クサンの町に着いたら、私はあなたを見捨てて王政派の遠征隊に合流するつもりでした」


 その事実は初めて聞いたが、つもりだったということは、今はその気はないということになる。

 イリクが無言でその続きを促すと、リファは軽く息をつき、苦々しい表情のまま伏し目がちに言った。


「私は、ずるい人間なんです……主の為だとか言っておいて、本当は自分に手柄が欲しいんです、あの人に認められたいと思っているんです、だから遠征隊に加わって、その最短の道をいきたいと思っていました」

「……そんなの、誰だってそうだよ」


 イリクは気休め程度だとは思いつつも、同調した。


「ですが今の私には、あなたをこのまま一人で行かせ見殺しにする事も、もうできそうもありません」

「……うん」


 見張り台で一人遠い海を見つめ思い悩んでいたのは、どうやらその事のようだった。

 リファの葛藤は、イリクには痛いほど伝わった。何故なら彼女は誰よりも責任感が強く、そしてとても優しい。そうでなければ、自分の叶えたい野望があってもなお他人を優先して守ることなど、出来る訳がなかった。

 イリクはまだ答えを出し兼ねているリファを見て、自分の中にふと浮かんだ折衷策を切り出した。


「じゃあ、こういうのはどうかな」

「……え?」

「最初は船を降りるまでって約束だったけど、このままリファは遠征隊を、僕は夢に出てきた女の子を探しながら、一緒にエルドラの地を目指そう どうせ道なんていくつもある訳じゃ無いんだ、無事仲間と合流できた時は、君はそっちに戻ってくれて構わないから」


 もちろん本音を言えば、イリクはこのままリファが一緒にいてくれれば、どんなにいいだろうと思っていた。見知らぬ危険な土地で、彼女以上に信頼できる人間に出会える保証は、どこにも無いのだ。

 イリクは兄が自分の救出役にリファを抜擢してくれた事が、何よりの幸運だと思っていた。


「でも、それでも私は……いつかはあなたの敵になるかもしれないのですよ?」

「そんな事にはならないよ、たとえリュウン兄さんと僕が対立したって、僕には君に二度も命を救われた恩がある、もしもそういう状況になった時は、僕は潔く王の座を諦められる」


 そう言うと、リファは何かを言いかけては言葉を飲み込み、しばらくは俯いたまま黙り込んでいた。悩んでいるのだ。イリクの提案はある意味問題の先送りに過ぎず、このまま旅が進んでいけば、いずれリファがまた同じ葛藤に突き当たる可能性を孕んでいた。


「あの……リファ、」

「私と別れる時までには、せめてもう少し強くなっていてくださいよ」

「……え?」


 リファは顔を上げ、苦笑を浮かべながらそう言った。

 気持ちよくという訳ではないが、どうやら提案を呑んでくれたらしかった。


「うん、約束するよ」


 イリクも釣られて笑みを浮かべた。

 先のことはともあれ、まだ一緒に旅を続けられる事が素直に嬉しかった。そして彼女の足をこれ以上引っ張ることが無いよう、自分も何か役に立たなければならないと、イリクは強く思った。


「イリク様?」

「……イリクでいい、リファは僕の護衛でもなければ、臣下でも無い、これからは同じ目的のために命を預け合う、対等な仲間だから」


 少々照れ臭いとは思いながら、イリクは汗ばんだ手を拭いゆっくりと差し出した。

 するとリファは当分自分が助けられる事は無いだろうと皮肉を洩らし、そっと手を握り返してくれた。



第二話完です。

三話から本格的に話が動きます。

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