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06.     




 偶然にも、リファが目を細めぼんやりと見つめていたのは、船が出航した帝都のある方角だった。

 船室で船乗り達が宴会騒ぎをしている中、リファは一人どこか浮かない様子で、物憂げなその横顔は何かを思い悩んでいるようにも見えた。


「少し冷えるね、ここは」

「ええ……」


 見張り台から見える景色は甲板とは随分違っていて、月明かりで白っぽく揺れる海原を、より遠くまで見渡す事ができた。

 イリクは見張りを交代するつもりで登ってきたが、リファはこちらに居場所を少し譲歩しただけで、その場を動こうとはしなかった。

 長い黒髪が風に煽られ、ふわりと持ち上がる。いつもはうなじのあたりでキツく縛っているせいか、髪を下ろしどこか無防備な姿のリファは、いつもより女性らしく見えた。


 深層生物の襲撃から三日が経ち、その間船体の修理に駆り出されていたイリクは、リファとこうしてゆっくり話をする時間は殆ど無かった。そしてそれは船上での事に限らず、思えば石の塔で出会ってからというもの、ここまでずっと走りっぱなしだった。


「あの、体は平気?」


 どこか気まずい空気を濁すように、イリクが尋ねた。


「問題ありません、あなたこそ、頭を怪我していたように見えましたが」

「あんなの平気だよ」


 ただの軽い外傷など、三日もあれば痛みすら消えてしまう。

 しかしリファはあの海獣の猛進を実質一人で止めていたこともあり、そちらの方がよほど身体にダメージがあってもおかしくはなかった。


「いえ、あのくらいでへばっているようじゃ……エルドラ渓谷の向こうには、もっと恐ろしい猛獣達が待ち構えているんですから」

「そう考えると、少し自信が無くなってきたよ」


 リファに横目で舐めつけられ、イリクは思わずしまったと口を噤んだ。しかしあのくらいとは言ったものの、イリクにとっては十分に命懸けの戦いであり、リファが助けてくれなければおそらくは死んでいただろう。

 自分がこれから向かおうとしているのは、そういう危険な場所なのだと改めて認識させられる。



「……ところで、それは?」


 リファの視線が、イリクの肩口へと注がれる。正確には、肩に乗っていた黒い物体にである。


「ああ、騒ぎのあと甲板の隅で見つけてさ、なんか離れてくれなくて」


 赤三つ目の精霊獣であった。夜になったことで体が薄く発光しており、ふわふわと重量感なく肩に乗っかっている。ワズを怖がらせないよう懐に隠していたはずが、いつの間にか自分で出てきてしまったようだった。


「声なき者と通じ合える才は、母上様譲りなんですかね」

「え?」


 イリクは驚き、思わず横を振り向き見た。

 リファの口から、精霊研究の学士であった母の話が出たことは意外だった。何と言うべきか、普段のリファはいつも必要な事しか口に出さず、そういった他人の家族事情などには、一切興味が無いように見えたからである。


「……ど、どうかな、小さい頃は母さんの仕事を手伝ったりもしてたけど、肝心な事はあまり教えてくれなかったような気がする」


 肩にいた精霊が、リファの膝に置いていたランプに引き寄せられ滑り降りていった。リファはそれを優しく受け入れると、両手で包み込むようにして持ち上げた。そして目を伏せたまま、ゆっくりと口を開いた。


「ちゃんと自分の目で見て、学んで欲しかったんじゃないですか?」

「え、そうなのかな……」

「私はそう、思いますけど」


 イリクはリファが亡き母の気持ちを想像してくれた事が素直に嬉しく、そして反面照れ臭くもあった。

 そのお返しという訳ではないが、今度は自然と、リファの家族についても聞いてみたいとイリクは思った。そしてその願いは、静寂のなか夜の月がゆっくりと沈んでくれたおかげか、いとも容易く叶った。


「私は、帝国北西部にある広い農領地の出身なんです」

「農領地?」

「と言っても、別に畑を耕したりしていた訳ではないんですよ」


 話によると、リファは旧帝国時代より続く名家の出身で、その両親の代が統治を任されていたのが、帝国北西部にある生産区域のひとつであった。

 もちろん古い名家とあれば、普通はもっと中央に近い重要な自治区を与えられるものである。しかし議会に席を置いていたリファの祖父にあたる男が、階級制度を重視した組織の在り方に疑問を抱き、反感を買い追放され今の地位に至ったのだと言う。


「まあいわゆる、没落貴族というやつですね」


 笑いながらそう話すリファの目には、負の感情などは一切見受けられない。むしろ、堂々と胸を張って語らいでいるかのようにも思えた。

 出世に興味のない両親、そして優秀な弟達が家を継いでくれるおかげで、長女の自分は軍学校に通い好きなように生きてこられたのだとリファは言った。


「もしかして、それで王政派組織に?」

「……いえ、それと家のことは関係ありません」


 手に乗った精霊に視線を落としたまま、リファは少し照れ臭そうに言った。


「リュウン様には……何と言いますかその、個人的な恩があって」

「恩?」

「ええ……まあそれについても、また追々」


 続きを促す暇もなく、リファは話を強引に終わらせてしまった。寧ろ自分語りをしすぎたと言わんばかりに、咳払いをし緩んだ表情をもう一度引き締めた。

 イリクは兄の話も含めもっと聞きたいと思っていたが、それ以上は何も言わなかった。




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