02.
「なんだあ……今回はやけに細っこいのしかいねぇなあ」
甲板に寄せ集められた十人程の雑用達をぐるりと見回し、船乗りの男が言った。
太陽の日差しが痛いほどに照りつける中、船はすでに碇を上げ港を出発しており、これからおよそ十日間に及ぶ航海を前に、それぞれの役割分担や顔合わをする必要があるようだった。
「ひい、ふうみい……なんか人数も聞いてたより少し多いような気もするが、まあいいか」
イリクは思わずびくりと肩を振るわせ、隣に立つリファと顔を見合わせた。
二人は無事船に乗り込むことに成功したものの、未だ油断出来ない状況は続いていた。他の下働き連中は皆一様に生気の薄れた中年男ばかりだった事もあり、特にリファは嫌でも船乗り達の目についた。
「女か……珍しいな」
点呼を取っていた船乗りの一人が、訝しげな顔でリファに近づいた。
「何を思ってこんなとこに来ちまったのかは知らねえが、若え女だからってこの船じゃ特別扱いはしねえからな」
「……ご心配無く、元よりそのつもりですから」
リファは船乗り達の舐めるような視線には見向きもせず、平然と顔を上げたままそう応えた。その様子に船乗り達もただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、それ以上は何も追求しなかった。
いくら服を乱し泥土で汚していても、彼女自身の放つ抜き身の剣のような鋭さや、ぴんと伸びた背筋から滲み出る気高さは、そうそう隠しきれるものではない。同じ下働きの連中も、皆腫れ物を扱うようにリファの方をちらちらと気にしていた。
「メシは一日二回、それ以外は持ち場でそれぞれの仕事をするように、もしもサボってる奴がいたら、魚の餌にするからな、おめーらの代わりはいくらでもいるって事をよく覚えておけ!」
誰もが戸惑い顔を見合わせ、返事は聞こえてこなかった。
イリクは随分な言い方だと少し腹が立ったが、ここで突っかかってしまってはせっかく潜り込んだ意味がない。大人しく自分の持ち場へ向かおうとしたその時、誰かが床下倉庫から悲鳴をあげ、逃げるようにして甲板に飛び出して来た。
「だ、誰か来てくれ……!」
その声に、作業中の船乗り達が手を止め振り返る。
倉庫から出てきた男は、痩せ細った風貌からおそらくは同じ下働きの人間で、息を切らし怯えた形相でこちらに走り込んできた。
「何の騒ぎだ?」
「なんだ……またワズの奴か」
ワズというのが、どうやら男の名のようだった。
船乗り達は騒ぎの原因が彼である事を知るや否や、呆れた様子でさっさと作業に戻って行く。
「あ、赤目の奴が出やがった……この航海はダメだ、今すぐ、港へ戻るべきだ……!」
ワズはしどろもどろになりながらも、船乗り達の足にしがみつき必死でそう訴えていた。
すぐ横にいたイリクは咄嗟にリファに視線を送ったが、リファは関わるなと言うように首を振ると、そのまま遠くで状況を見守り始めた。
「何だそりゃ、まーたお前はそんな事言ってんのか」
「いいからさっさと作業に戻りやがれ、グズが」
そう言って、船乗り達はワズを邪魔くさそうに脇へと蹴り寄せた。
どうやら彼は今回寄せ集められた下働きではなく、元々この船にいた雑用係のようだった。船乗り達が彼の扱いに慣れているのも、そのためである。
そして船乗りの一人が横たわったワズにさらに追い討ちをかけようとしたところで、イリクは飛び出し、船乗りの蹴り上げた足を全身でがっしりと押さえ込んだ。
「おい、何やってんだチビ……放せよ」
「乱暴はよせ、この人が何か言っているのが分からないのか」
イリクは足を掴んだまま、船乗りの男に食ってかかった。そして揉み合っているうちに、男と一緒に綱を丸めて置いた場所に倒れ込んでしまった。
硬い綱に頭を打ちつけ、逆さまになったまま顔を上げると、目の前で、リファが咎めるような呆れるような目でこちらを見ているのが分かった。それを見て、イリクはしまったと後悔したが、時すでに遅かった。
「つっ……このクソチビ、いい加減にしろよ」
イリクは首元の服を掴まれ軽々体を持ち上げられると、そのまま成す術もなく甲板の隅にいたワズの上に投げつけられた。
「てめーらは今日メシ抜きだ、あと芋洗いと皮むき、洗濯も全部終わるまで眠るんじゃねーぞ、分かったな」
吐き捨てるようにそう言い残し、船乗り達は仕事に戻っていった。周りで立ち尽くし見ていた下働きの連中も、自分は関わるまいとそそくさと持ち場へ戻って行く。
イリクは体を起こし服についた埃を払うと、飲まず食わずで始まった航海の先行きを憂い、深い溜息をついた。
「あんた、変わった奴だな」
「……え?」
横にいたワズが、俯いたまま口を開いた。
「船の上であいつらに逆らうと、ろくな目に遭わないぞ」
「そういうあなたこそ、さっきはえらく必死で騒いでたじゃないか」
言うと、ワズは何かを思い出したようにまた顔を強張らせ、床下倉庫へと走って行った。そしてイリクも何となくその後を追いかけ、自分も倉庫内へと続いて入った。
どうやら中は備蓄食料を保管する場所のようで、芋や果物の入った木箱に、天井には開いた魚や肉などが所狭しと吊るされている。部屋の中は生臭さの混ざったような匂いが充満しており、イリクは思わず手で鼻を覆った。
「……いなく、なってる」
「さっきの、赤目とか言ってたやつ?」
ワズは頷き、積んだ木箱の隙間などを念入りに探し始めた。
「でもどうして、船を戻せだなんて……」
「馬鹿野郎、俺は忠告してやってたんだ。赤目が姿を現した船は、必ず何か災いが降りかかる……だから早く戻らねえと、どんな事になるか分かんねえぞ」




