朝起きて源太が確かめた事
閉め切った戸板の向こうから、忍び寄る朝の気配……。それは奥の部屋の建具の隙間から薄く入る、ゾクリと源太を叩き起こす。
うふぉ!バッと勢い良く目が覚めた源太。部屋の中は夜の暗闇ではない。何処か動き始めた空気、夜の淀みは消え新し物が混ざっている様。
布団の中で朝が来たことを知る。源太は昨夜の顛末を思い出す。そや!もしかしたらあかへん!勢いのままに薄い夏掛け布団をはねのけると、四つん這いになり、煎餅布団をサワサワサワ……、体温で湿気る温もりを確認する。
……、ほうう。よっしゃぁ!濡れてへんな、ふぅぅ、よかったぁぁ、やっちまったら学校行かれへん。て言うより家におれへんやん。安堵のため息を漏らした。もしもしくじっていたら……。
5年にもなって、梅雨時期んにこんなことしたら乾かへんやろが、阿呆!と母親にガツンと怒られ、そして晴れていれば、目立つ庭先に布団を干される。いや……雨降りでも軒先に干される。
通学路の本道は高台にある源太の家から丸見えだ。
「きゃーはははは!布団干しとるわ!源太んちはちっこいのおらへん、やからあいつやできっと!きゃははは!5年にもなって漏らしてんの⁉アホちゃうん、これで戦争は女子の勝ちやわ!あんたとっとと、あっちいったらええねん、しっ!しっ!」
みつ編みをぶんと振り、仁王立ちで見下げてくるカヨの声が聴こえるかのよう、アホはお前や、漏らしてへん!うー、いま何時なんやろ?源太はゴロリと寝転がる。母親が来ないのをみると、まだ早い時間らしい。
「………、おーきよ!」
そのままだと寝過ごしそうなので、起き上がり、布団を手早く畳んで、部屋のすみに寄せると着替えを済まして部屋から出た。
廊下をペタペタと歩く、朝早い祖母が、既に仏壇へ炊きたてのご飯とお茶を供えたろだろう。立てた線香の匂いがすうう、と鼻に届いた。
「おはようさん、えらいはよ起きて」
ボーンボーンボーン……、茶の間の時計が五回。雨は上がっている様子。電灯をつけなくても、明けのほのぼのとした光が掃き出しの窓から入る。
「うん、目ぇが覚めてん、ばあちゃんおにぎり握ってどこ行くん?」
ちゃぶ台の上で、ゴロンとしたおにぎりを結ぶ祖母に聞く。梅干しと、ためし取りで摘んだ山椒と、戻した切り昆布の佃煮を具にして握る祖母。
手水で濡らし、小皿の塩をちょいと付け、お櫃から炊きたてのご飯を手に置く。ほっほっと軽く冷ますように、上下させる。真ん中に具を押し込む様に入れて、しっかりと握っていく。
「日が高うならんうちに、山椒摘むんや、日焼けくろうたら、皮が硬うなるさかい。じいさんは先に行っちょるから、これは弁当な。ほれ梅干しや、ひとついるか?」
差し出される大ぶりのそれ。うんいる、源太は手を差し出す。ちゃぶ台の上には黄色く、しわいたくわんの古漬けの皿。畑で取れた、早生のきゅうりのぬか漬けが並んでいる。
大きくかぶりつくと、塩味効いた味が舌に温かい。赤く染まった白い飯が顔を出す。梅の酸いさに口をすぼめる。ボリボリと古漬けを手でつまみ、齧りながらおにぎりを食べる源太。ニコニコと握る祖母。
「そや、卵の配達があるんやな、転ばんようにな」
祖母が手籠に手ぬぐい入れて、擦りぬか(籾殻)入れたさかいにな、それに埋めてけ、と教えてくれる。
「あー、そやった、えー!どないしよ。いっぺん帰らなあかんよな」
「そやな、外れやけ、学校とは真反対やな、ほれ、よいしょっ……、と……」
手についた飯粒を口で取ると、ぼつぼつ立ち上がり、洗いに台所ヘ向かう祖母。ちゃぶ台の上には長細い竹の皮が敷かれ、上に大きなおにぎりがみっつ置かれている。
そや!じいちゃん、つけもんすっきゃさかい、のせといちゃろ。源太はご飯粒がついた指先をペロペロなめて思いつく。
そしてたくあんを数切れ摘むと、おむすびに添える。置かれている土瓶から番茶を、伏せてあった手近な湯呑に注ぎ、ごくごくと生温かいそれを飲み干した。
ボーン、コッチコッチ、コッチコッチ……
五時半の時計の音。台所から母親の声。祖母に味噌汁が出来たけぇ、ばあちゃん食べていくか?と聞いている。味噌と出汁の香りが源太に届く。お握りを食べたのだが、温い香りを嗅ぐとぐぅぅと腹がなりそうだ。
もう、産んどるやんな、コケコッコーって聞こえるし。みっつ取りに行って、ほんで大外地のあっこ迄持ってって、帰ってご飯にしたらええんや。そや!雨止んどるし、明るいし!走って行って帰ったらええんや!そう思いつくと勢い良く立ち上がる。
「行ってこよ!母ちゃん、俺行ってくんで!ええやんな!」
源太は台所の母に聞きに行く。朝早い行き来は、集落の中ではよくある事で遠慮は無いのだが、見知らぬ人の家には、日中でも行きにくい。用意して駆けてって、つく頃は6時前になるだろう。
「そやなぁ、学校の前に届ける約束やから、大丈夫やと思うわ、誰も出えへんかったら、勝手口に置いとく様に約束してっから、顔洗ってから行っといで源太」
祖母に早めの朝食を食べさせる為に、味噌汁の鍋を下げて茶の間に来る母親の許しを得た源太は、ほな行ってくるねん!と洗面所へと向かった。