じいちゃんのよばなし、兄ちゃんのミミズ
……、あんなぁ。最後まで聞かな御迎えが来るんや……、ええか?雨降りにな……、庭の松の木の下に……、神さんおるやろ……。じいちゃんのじいちゃん、そのまたじいちゃんが言っとたんやがな……。
晩酌を楽しんだ祖父が、酔に任せていつもの様に孫におもろい事教えちゃろ、と始めたその話。丁度蛙が鳴き始め、梅雨の雨がしとしと、しとしと土の匂いを立てながら降り出していた。
「こ、怖ないもん!大昔の話やもん、大嘘や!六月に幽霊なんか出えへん!」
強がりを言う孫。
「いやいや、幽霊さんはな、実は年中いてはるんやでぇ、じいちゃんは嘘を言ったことがあらへんのや、ほんまのことなんやで、ヒヒヒ、ほんであそこの祠にな……」
祖父は終いまで聞かないと、出るんやでと末っ子をせらう。
「祠は神さんがおんねん、怖ないもん!」
強がる小学五年生。
「その神さんは……、実はな……」
声をひそめる祖父。実は何やねんと源太はどきどきしながら祖父にぴとりとひっつく。最後まで聞かなアカンと、真剣な目で話を聞いていると。
「源太、明日早いんやから、もう寝る時間や」
ふえ!そんなぁぁ……頓狂な声が上がる。最後まで聞いてへんやん!出たらどうするねん。小学五年生は強がりながらも、臍がきゅっと縮こまっている。
「悪い子やったら、夜中に出るっちゅう話やったね」
つれない母親の言葉。
「ほうほう、そやったな。良い子は寝る時間や。ほれ!おしまいじゃ。はよ寝ろ」
「じいちゃん!何やねん!終いまで教えろ」
「ほな、源太、じいちゃんももう寝るわ、おやすみ」
よっこいせ……立ち上がると、カッカッカッ笑いなら、寝床に使っている、納戸部屋へと向かう祖父。縁側で口をへの字にしている源太。そんな弟に、風呂上がりの兄がにまにましながら近づく……。
「へぇ……怖いんか?ヒヒヒ」
「こわない!もうねるねん!」
外はしとしと……、脚の太い夕立の様なそれでは無い。絹糸の様な細い雨が静かに降っている。蛙の合唱が混ざる。
「ほー、ちゃんと便所行くんやな、怖いでその辺ですると……ミミズに祟られるんやぞ、兄ちゃんはな、にいちゃんは……、くぅぅ……」
「兄ちゃん!何やねん!兄ちゃん何したんや!」
嘘泣きを始める兄。まんまと茶番に引っかかる源太。年の離れた兄は、源太にとって憧れでもあり、意地悪な存在。
「じいちゃんの話……、ほんまなんや、ほんまなんや……、お前の頃やった。終いまで聞かへんかったさかに、俺は夜中に便所によう行けへんかったんや」
「何で便所が出てくるねん!」
「せやかて、便所には昔っから出るっていうやろ……、兄ちゃん怖かったさかいに……夜中にな……、外で小便したんや……、そしたらな、ああ!もう話されへん!」
「兄ちゃん!何があってん?」
半泣きで聞く弟に兄は聞きたいか?と聞く。
「何があったんや!」
間髪入れず聞き返す弟。
「……、アカン!男の恥になる……」
弟をせらう事に徹する兄。
「兄ちゃん!なんなんや!」
「……、それはな、雨の夜に外に出て、小便するとミミズの神さんに祟られるんやぞ」
「ミ、ミミズ?神さんなんかおんの?」
「ほうや、おるんや……おるんやぞぉぉ……、ほんでな、外は真っ暗やろ、雨の日はほんまの真っ暗けっけや……、だから神さん地面の中から湧いて出てくるんや、ニョロロロんとな」
話を盛り上げる兄。しとしと、シトシト、テテンテテテ……、トトトトト……雨脚が強くなる。高まる緊張感。外は真っ暗闇。風が出てきたのか、濃く影になった庭木がおどろに蠢く。
「ニョロロロって、どれぐらいの大きさやねん、祟りってなんやねん……兄ちゃん祟られてどうなってん」
「うん、祟られたけどな……、ちゃんと見つけたから、大丈夫なんや……」
「何を見つけたんや!その神さんに、小便引っ掛けたらどうなるねん!」
もったいぶる兄。懸命な表情で聞いてくる可愛い弟に、内心笑いを堪えて、深刻な顔をかろうじて保っている。ほな……教えたろ、そう言うと耳かせや。しゃがみ込み、源太の耳にヒソヒソと囁く……。
「ふえぇぇぇ!玉が無くなるんかぁぁ!」
「ふおぉ!大きな声で言ったらあかん!ミミズの神さんに聞こえたら……夜中に寝床に、食いに来るかもしれん!」
「小便引っ掛けたら、『玉』食われるんやろ?ね、寝床には来うへんもん」
聞いた話に心底怯えつつも、強がる小学五年生の源太。さあてな、と笑う兄。外の雨音が少しばかり暴れだした。
「ほらほら、ええ加減にするする!雨が吹き込むかもしれん、さっさと寝る寝る!源太、歯磨きして、便所済ませてから寝るんよ」
開けっ放しだった縁側の掃き出しの窓を、ガラガラと母親が閉める。湿気を帯びた冷たい空気が固まりつつ、縁側に籠もる。青ざめ突っ立っている源太、兄は必死で笑いを堪えている。このままだと笑いだしてしまうと判断した兄は、その場を引揚げる事にした。
ほやな、明日早いし、寝よか。そう言うと、弟の頭に手をひとつ、ポンと置く。部屋から出る。土間に降りて屋根裏部屋を改築した、中二階の寝床に続く急な階段梯子に向かう。
「兄ちゃん!今の話は嘘やんな!な!な!」
背に慌てて声をかける源太。その様子を目に止めた兄は、大きくひとつ頷くと、ギシギシ、キシ……音立て梯子を登って行った。
ずえったいに!うそやもん!じいちゃんも兄ちゃんも嘘つきや!怖いときは……んいや!こわないもん!そや!こわない!
源太は、ふるふるっと背中に走った気味悪いものを、振り払う様に歯磨きしてから寝るんや!と洗面台へとかけていく。
「夜にバタバタ走らん!」
母親がガツンと叱る。
涼しくなってきました。暑いと書けないものですねー。