野いちご黄色く フキの葉の器
川の向こう岸、水辺近くに石が置かれて区切られた場所に、柔らかく背を伸ばした山葵の群れ。山際で竹藪が日を隠すそこでは、柔らかく育つからと作られている。
「根っこは今日はいらん、置いといてや。お浸しにするからな、いちわぐらいでええ、摘んでえな」
手近に生えている茅の葉を、鎌でパサリと切ると、くるくるくると捻り紐にし、茎だけになったフキをまとめながら話す祖母の声。わかった、と源太は答えると、プチプチと山葵の葉を摘んだ。
青臭い香りの中に、ツンと鼻に抜けるモノが混じっている。こんなのどこがうまいねん、じいちゃんも父ちゃんも兄ちゃんも、
舌がボケとるんとちゃう?分からんわと、源太は何時もそう思う。
深山からカッコウ、カッコウと、くぐもった声が流れてくる。摘みながら声の方に目を向けると、大きな杉に山藤の薄紫が絡みつき花を咲かしている。孟宗竹の竹林、残った竹の子が育ち、ペラペラと乾いた皮を剥がしながら天に空へと伸びている。
「こんだけありゃええわ」
言われた量を摘み終えると、パシャパシャと流れを渡る。祖母に、ふん、と差し出す。ニコニコと笑いながらそれを受け取った祖母。ホッ!と、ひと呼吸入れると立ち上がる。
背を伸ばし腰をとんとんと叩くと、足元に落としたフキの葉をちょろりと拾う。さっと水でゆすぐ、親指を芯にし、くるりと葉を巻きうつわを作る。器用に巻き終わりをキュッとねじ込むと出来上がる。
「ばあちゃん水飲むわ、源太もいるか」
それにひとすくい。ポタポタと雫を落としながら、ひと息に飲み干す祖母。ほれ、と差し出されたので、受け取り流れの上っ面から水をすくう。
冷たい清流の水、ひとたび激しい雨が降れば、泥芥が混じり、生臭い匂いがするのだが、晴天続きだと、山の空気其のものの味がする。ほんのひと口の器。源太は、中身をこくりと飲み込み、ゴワゴワとした葉の器をポイッと、ツンツンと尖って伸びている茅の中に棄てた。
「帰ろうか、そろそろサイレンなるやろし」
夕が近づくと、ザザザっと風が産まれて出てくる。祖母が荷物を片手に、先立ち本道へと向かう。川向うの竹が、風に煽られしなり動くのを眺めていた源太は、慌てて後を追う。
「カゴ!背負っちゃる!」
「ほほう、大きいなった、えらいえらい、ばあちゃんとじいちゃん、明後日からサンショ摘みでもうけるで、川すそさんにはこづかいやろ」
狭い畦道を前後ろになり、孫と話す祖母。
「え!ばあちゃん、サンショ買いのおっさん今年も来るんか!もうこんでもええやん!」
源太は祖母の歩みに合わせつつ、背後で唇を尖らせた。村では昔から実山椒が植えられている。標高が高いここでは、少しばかり収穫時期が遅い。それを摘み家で使うのは勿論、町の醤油工場から『山椒買い』が、三日ばかり村に仕入れにやって来る。
高値で引き取られる為、買い付けがある三日間は、まるで稲刈り、田植えの時のように、どの家もてんてこ舞いに忙しい。これは、春の一番茶の時もそうである。
何時もより、朝早くから動き出す。日中はするべき仕事があるからだ。町に仕事に行く者もいる。村内で炭焼きをしている者もいる、山仕事に行くものも。草刈り、畑に家畜の世話……、どれもこれも疎かには出来ない。
「やで、学校帰って来たら、手伝いしてえな」
そう頼む祖母の声、よいせ、よいせ、と進む、目の前の丸い小さな背中を見ていると、小さい頃におぶわれた日を思いだす。柔らかく暖かなそこが好きだったなぁ、と少しばかり切なくなる。
ザワザワと、濃い山の緑が、葉を擦り合わせ音立てている。白と緑のマタタビ、ヤマブキの黄色い花が下がり咲いている。山際の湿気ったところには、どくだみの白い花の群れ、道端には白詰草の白い花。
茶の木の側に置いてあるか背負いカゴを、よいしょっと!背負う源太。祖母と歩いていると、リヤカーに草を積んだ知り合いに出会う。
立ち止まり話す祖母。源太は先に帰ろうかとしたが、なんとなく祖母と一緒にいたかったので、二人から離れる。道端のチガヤが穂を出している。ひゅいっとそれを抜き、茎をかじる。
ほのかに甘い。くちゃくちゃ、チュゥチュゥとしながら、あちこちキョロキョロとする。藤の花が咲き、山椒摘みが始まる頃、黄色い実をつける野いちごの木を探す。
「あった!やった!」
彼の身体には少しばかり、まだ大きいカゴを揺らしながら、山の斜面に根をはり育った、その低木にかけて行く。細い枝には棘がある。白い花が終わると黄色い実をつけるそれは、学校の行き帰りに、遊びや手伝いの途中に、見つければ取って食べる、村の子供達の恰好なおやつなのである。
小さい珠が集まった様な丸い実、慣熟していれば、触ればポロリと手の中に落ちる。祖母の笑い声が聞こえる。田んぼからは蛙が、ケケケ、げげげけ、ケロケロ、ゲロゲロ鳴き始める。
黄色の実を食べる。甘酸っぱい味が広がる。次々と取っていき、食べる源太。
ウォォォーォォォォン………、村の消防詰所から夕方五時を告げるサイレンの音。
うぉーん、うおおおーん、オオーン、飼い犬達が一斉に、遠吠えを始める。
「五時や、ほなな、源太ぁ!帰んで!」
祖母が話を終えると、声をかける。
「んー!わかった!はよ帰って、風呂せなあかん」
あらかた取り尽くした源太、中でも一番大きな実をいくつか、手の中にそろりと握っている。
「ほい、ばあちゃん、いちごみっけた」
ぼちぼちと家に向かい、歩き始めていた祖母に追いつくと、とっときのそれを差し出した。
まさかの晩ごはんにも、辿りついていない……タイトルのお家の出番はもうしばらく先です。