ゴム飛びせんそう、卵とげんこつ
事の起こりは、女子の遊びの一つ『ゴム飛び』だった。5年一組で戦争が勃発したのは。
山間の小さな小学校、各学年は一組づつしかない。昼休みになると、天気が良い限りワッと外に出て、それ程広くない校庭で遊ぶ生徒達。自然に区分けが出来ている。そこここに小さな集まりを作り、下級生も入り混じり駆け回っていた。
さて、戦争の原因となった『ゴム飛び』は、順に決められた高さで1メートル程の長さのパンツのゴム紐を、ピンと左右に少しばかり張って持ち、それを色々な飛び方進める遊び。
飛ぶ時に腰までは、ゴムに触れたら失敗、それから先は、少々特殊な飛び方が決められ、体操選手の様に側転したりと技を出し、足がゴムに引っかかれば良し、人数を二手に別け進める。ゴムの位置が頭の上に行けば、持ち手と飛び手の交代となる。
なので少しばかり助走がいるのだ。その為、気を付けて下がっていたのだが、折り悪く源太が走る線上に、カヨが入り込んでしまったのだ。
「邪魔やねん!女!」
ベースを踏むのを邪魔された挙げ句、無様に転んだ源太は、起き上がるなりむくれて文句を言う。
「そっちこそ!邪魔せえへんといて!男」
ぶつかり転んだカヨも、パンパンッと砂を払いながら立ち上がり、お下げ髪を揺らして仁王立ちで言う。
「あ?パンツ出して、パンツのゴム飛ぶの、あほちゃうん」
源太が言う。
「は?なに見てんねん、ボール見いへんと、パンツ見てるん、やからヘッタクソなんやろ」
カヨが言う。
「は?何言うてんねん、そっちこそ、走ってるのがみえんかったんか?せやから、どーと!下がらにゃ跳べへんのや、紐見えんかったんやろ」
源太がわめく。
「あほちゃうん!前向いて走っとるくせして、わたしが見えんかった源太に言われとうないわ!」
カヨもわめく。
「前から邪魔やったんや!こっちがちぃぃと、遠慮しとったのに……こうなったら戦争や、負けたらあっちのすみにいけ!」
源太が校門付近を指差し宣戦布告。
「何言っとるん!あんた等が、あっち行けばええやんか!戦争?ええわ!負けへんで!」
カヨがそれを受ける。絶対に男子を追い出そうな!と仲間に声をかける。
二人はギリギリとにらみ合う、そしてプイッと、そっぽを向いた。
「げんたあ!源太!ちょっと来ないね!」
母親の呼ぶ声にはっと目を覚ました源太。いつの間にか寝ていたらしい。目をコシコシとし、口元をゴシゴシ拭きながら、よいせっと立ち上がり、縁側へと向かう。
「ほら、ちゃんと挨拶しいね」
突っ立ったままの息子に、つけつけ言う母親。こ、こんにちわと挨拶をし、ぺこりと頭を下げながら、親戚でもあらへんのに、知らんおっさんに、なんで挨拶せなあかんねん、と寝起きなこともあり、少しばかり腹の中でむくれている。
「はい、こんにちわ、明日からよろしく」
にこにことそう答えた山高帽は、日に焼けた丸坊主の彼を見ながら、名前は?年は?と話かける。
あうー、めんどくさいな、とちらりと母親に目を向けると、ちゃんと答える様にと、目がギラリと光る。
「桧原 源太、小学校五年せいです」
気をつけをし、大きな声でそういうと、ぺこりと頭を再び下げた。庭に野良ばえして咲いている、虫取り撫子の花達が目に入る。
「五年生か、街に居られる坊っちゃんと同じ年だ」
「いえいえ、坊っちゃまとは月とすっぼん、くじらとめだかですよ、ごんたくれで、何も出来ゃしない。ほら、源太、明日から卵を買ってくれる『大宮』様だよ」
なんだよ!それ、ふーん、卵、そんなの知らんし、はっきりしてきた頭で、そのまま突っ立っていると、母親が、彼にとんでもない事を言いつけた。
「源太、お前が明日から毎朝学校に行く前に、三個、家まで届けるんだ、お世話になるんだからね」
……、は?毎日ってなんでやねん。青い屋根って外れやんか、行ってから戻って学校?そんなの遅刻してしまうわ!
母親の言葉に、即座に道のりが脳に描かれる。家から出て、あっこと、あっちを抜けて走っていって、渡して代金もらって、帰ってきてご飯で学校。それが毎日?何考えとんねん。あほちゃうん。
それが正直に口に出てしまう。
「え?そんなの知らんし、なんで?卵なら買いに来れば、ええんとちゃうん?帰ってきてからやったら、あかへんの?」
農作業の傍ら、少しばかり養鶏の真似事をしている源太の家、卵や肉は、時々に元庄屋で、今は旅館を営んでいる『本家 本陣』に卸したり、村の人と物々交換に使ったりしている。
なので持ってきて欲しいと言われれば、ひとっ走りするのが源太の役目なのだか……。
毎朝なんて、なんでやねん!卵を集めるのも、手伝う彼は、絶対ムリやんと思ったのだ。そして即座に断ったのたが、直ぐにそれを引っ込めたくなった。
何故なら、自分を見る母親の顔が、一瞬、お宮に奉納されている、祭りの神楽に使う、般若の面そっくりになったからだ。
「ホホホ、すみませんね、ちゃあんと、朝一番で届けさせますんで、後でよく言い聞かせておきます」
「いやいや、男の子は、これぐらい物怖じしないほうがいい、では源太君、頼んだよ」
山高帽は、ペコペコ頭を下げる母親にそう言い置くと、頼みますよと念を押し、すたすたと帰って行った。
そして、そのハイカラな後ろ姿が、下からぽつぽつと、もも色や赤い花を咲かせ始めた、タチアオイ、根本には、葉っぱばかりになった、躑躅の植え込み、
時々に紫露草の塊。水仙の葉っぱ、そんな植え込みが片側にある、敷地の石垣に沿う坂道を下り、下の本道に出て進み角を曲がり……、すっかり、姿が見えなくなった時を見計らい、
「この!あんぽんちん!」
母親の大声と、げんこつがゴツンと、源太の頭に落とされたのは、当然の流れなのであった。
ゴム飛びルールは、作者が小学生の折に、友達とやってたのを参考にしてます。