源太は男子の総大将
「へえ、まあ余分はありますが。それで、毎朝お宅までお届けするんですか……」
「はい、毎朝三個欲しいんですよ。村長さんからこちらなら少しばかり余裕があると、ご紹介を頂いて……」
源太が名刀!村雨丸と名をつけた、拾った棒切れを振り回しながら、途中食べた桑の実で、口も手も紅く染めて、小学校から帰還した午後の時。山高帽に開襟シャツのお客が、庭先で母親と話していた。
どこの親戚なんだろ、卵買いかな?都会のヒトなんかな?村で滅多と見ない服装のお客を、ちろりと見て立ち話をしている、大人の脇を通り過ぎ、家にそそくさと入る。
いつもなら開けっぱなしの縁側に、ぺっちゃんこになったランドセルを、ブンと放り投げ、運動靴は脱がずに、四つん這いでゴソゴソと、田の字の続き間をはって進み、ちゃぶ台の上の蝿帳から、ふかし芋やらお焼きをつかみ取り口に咥えると、ズリズリと後ろに下がって着地を果たす。
そしてそのまま遊びに駆けていくのだが、今日はそうも行かないので、しおらしく開けっ放しの玄関から家に入った。ひんやりと湿気た香りが籠もる土間に、ペッ、ペッイ、と靴を脱ぎ捨てると、上がりかまちを踏んだ。
ギィと軽くきしむ音がした。そのまま前座敷に上がると、茶の間へと向かう。
「お願いできませんかね、出来れば産みたてのが、欲しいのです、ああ、もちろん代金は、無理を言うので少しばかり、上乗せ致しましょう」
外からお客の声が聞こえる。話し方で、別のところの人だと気がついた。つられていつもは、バンカラな母親が、幾分丁寧な言葉になっているのが可笑しくて、ランドセルを下ろしながら、くすくす笑った。
ちゃぶ台の蝿帳の中を覗き込む。皿の上に新ジャガを潰して、クルミ味噌を塗り、焼いた団子が幾つか載せられていた。汚れた手のひらを、半袖シャツの腹で、ごしごし拭うと、それを取り出す。
……、ちぇっ、今日は秘密基地にいけへんやん、団子を頬張りながら、ぶつくさ文句を言う。大きなやかんをよいしょっと、持ち上げ、出しっぱなしの湯呑に番茶を、とぷとぷ注ぐ。
赤銅色したお茶は、一番茶を出荷したあとに出た新たな芽を、祖母や母親が再びせっせと摘み、またまた、窯で炒りあげ、筵の上でグッグッと、力を込めてもんで広げて干す、を繰り返し作った物。
水無月の今は、二番茶を摘む真っ最中、お茶を家で作るこの村では、学校から帰ると手伝いに来いと、朝、家を出る時既に、誰もがそう言われている。
「あーあ、つまんね、あかへんわ。こっそり抜け出そと、思っちょったのに、ばあちゃん何処いったんやろ、茶つみかな?フキつみかな……、そっちのがええなぁ、山ん中やから」
ぶちぶちと言いつつ、ゴクゴク、ゴクゴク、お代わりをして飲み、甘辛い団子を食べ終わると、ペロペロと指先きを舐めつつ、擦り切れたゴザが敷き込んである上に、ごろんと仰向けになる。外では値段の交渉をしているらしい、母親の弾んだ声がする。
ぶぃーん、大きな蝿が何処からか入り込み、薄暗い茶の間の天井を円を描いて飛ぶ。それをぼんやり眺めていると、今日、学校で聞いた話を想い出す源太。
町の……外れ地の、大外地の葡萄の棚あるボロ屋の青い屋根に?そういや大工仕事で兄やん、あっこ直しに行ってた。
……、ちぇっ!ちぇっ!チヨコのくせに!全部話さへんのは、どういうこっちゃねん!
蠅を目で追いながら、プウ……と頬を膨らました。庭先から声がする以外、誰もが外に出ているのか、家の中はし、んとしている。
コチ、コチ、コチ、コチ……柱時計の音が響いている。
ぶぃーん……ブーン……、部屋を我が物顔で、傍若無人に飛び回る蠅が立てる音が響いている。
縁側からは母親達の声、水無月の冷たいけれど太陽の光に焼かれた風が、ぬるりと吹き込んで来る。
草刈りの季節、甘い香りがそれに混じる。
薄暗い部屋で寝転び、ぼんやりとしていたら、とろりと眠たくなった源太、彼の耳に朝の声が耳に響いて来る。
「ねえねえ!源太、葡萄棚のとこんに、来たんやって」
源太が朝、教室に入るなり、目をキラキラさせてそう話しかけてきたのは、村で一つだけある酒屋『なんでも屋』と呼ばれている、田内商店のチヨコ。
酒屋と言っても、駄菓子から缶詰、砂糖塩、干物に、便所の落とし紙に乾電池、石鹸洗剤、タワシに野菜の種、言えば店の奥からノートに鉛筆まで、出てくる店。なのでなんでも屋と呼ばれている次第。
「何がやねん、あ!おま、男に話しせえへん!て戦争中やろ?負け認めんの?」
ニヤニヤとしながらそう言うと、ハッとしたチヨコ。おかっぱ頭を盛大に右左に振った後、あ!そうやったわ!今のなーしな!と大きな声を出すと、女子が集まる場所に、あわてて向かった。
「もー、アカンやん、チョッちゃん忘れたん?」
お下げ髪のカヨが、笑ってチヨコを迎える。
「ゴメンやて、でもだって、びっくらこいたのトントチキやったんやもん!朝起きたら、お母さんに聞いたんやで、うちも」
教室の窓際でたむろっている女子達、チヨコのあけっぴろげな高い声に、あ!ほら見てみい、男子こっち見てきよんわ!聞かせたらあかへんと、源太の宿敵、カヨが意地悪くそう言うと、わざとらしく声を落として、ヒソヒソ話を始めた。
なんやねん?アホちゃうか?と思いつつ、気になった源太は側を通った三郎に、なんか知ってっか?と聞く。
「ん!誰か越してきたって話しやで」
だから誰やねん!と三郎に聞く源太、知らんわと話す三郎。おい!チヨコと、声を掛け聞こうとした源太は、声を上げる寸前で口を閉じた。
そう、チヨコにしゃべんの?と言ったばかりだからだ。
昨日から『北小学校、五年一組』において、男子と女子との戦争が始まっている。そんな今、源太は大将として、無様な真似は許されない。
チラチラとこちらを見つつ、クスクス笑うカヨたちを、ギロリと睨んだ。