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第1話:魔王倒しちゃったら、俺、無職じゃね?

 勇者とは、魔王を討てる唯一無二の存在。

 聖剣デュランダルを自在に操り、魔族の侵攻から人族を守る英雄。

 

 のはずだ。


 だがどうしたことか、今回の勇者は途中で魔族退治を投げ出し、隠居してしまった。

 次の勇者更新まではあと二百数年残っている。つまり、あと二百年もの間、人族は魔族の脅威に怯える日々を過ごさなくてはならない。

 そんな最悪な世界を迎えるのはごめんだ。

 それに僕には、勇者パーティーの一員として世界に平和をもたらす義務がある。


 だから今日も今日とて、勇者を叩き起こそうと隠居先の宿にやって来た。

 あわよくば聖剣奪還のために死んでもらいたい。

 次の勇者が生まれれば、このやる気ゼロのクズ勇者はもう必要なくなるからだ。

「いいか、サクラ。【アンロック】の魔法だ。そしたら僕が突入して、勇者を仕留める」

「わかったわグーくん! アンロックね!」

「しーっ! 声が大きいよ。静かに、静かにやってね」

「うん! わかった!」

 あーもう、なんで勇者パーティーの四分の二がバカなんだ。

 サクラは世界一と名高い魔法使い。でも頭のネジはゆるゆる。

 たまに、「このメンツで魔王と戦っても負けるんじゃね?」とか思ってしまうほどにポンコツの集まりだ。無能な僕も含めてだけど……

「【アンロック】!」

 カチャ。

 固く閉ざされていたドアがゆっくりと開く。

 流石はサクラの魔法。威力だけは抜群だ。

「いいぞ。そしたら僕が……」


「なーにしてんの、お前ら? 人の部屋に勝手に入ったらお巡りさんに捕まっちまうって母ちゃんに習わなかったのかー?」


 お巡りさんって誰ですか! とかツッコむ前に、僕は鼻をつまんだ。

 ヒドイ悪臭が部屋から、いや、この勇者の名をもつおっさんから放たれている。

 黒髪短髪の無精髭だらけの中年。身は引き締まっているが、ただのおっさんだ。

 『勇者に転生したけど、おっさんのままだからやる気でねー』が口癖の、異世界からやって来た男。

 歴代で最低の勇者と名高い、タカシさんだ。


「くさ、くさすぎますよ、タカシさん! 一体どれくらい水浴びしてないんですか!」

「え、ほんの二十日程度だけど、なんか文句あんの?」

「あります! というか仕事してください! じゃないと今すぐにここで殺しますよ⁉︎」

「なーにそのヤンデレみたいな発言。お前、男のくせに女みたいな顔してっから、おじさんたまにときめいちゃうからやめて、そういうの」

「意味がわかんないです! なんでもいいから、魔王退治に行きましょうよ! 寛容な王様もそろそろお怒りになられますよ!」

「え、んじゃあ……」

 これはついに来たのか……⁉︎

「行ってくれるんですか?」


「王様、殺しに行こっか」


「……え?」

 物干し竿と化した聖剣デュランダルを担ぎ、小汚い下着姿のままで部屋を出ようとするタカシさん。

 部屋から出かかったところで、僕は全力でタカシさんの汚臭ボディに抱きつく。

 全身全霊の力を込めて、勇者の前進を阻止する。

「ダメですー! それだけは、それだけはやめて下さい、タカシさん!」

「えー、でもあの豚ヅラの王様だったら、王家の子孫はみんなブスになるんだぜ? 俺のためにも、王家の未来のためにもここは粛清してやらんと」

「何言ってるんですか、タカシさん! それじゃあ誰が魔王かわかりませんよ!」

「マジで俺、魔王の方が向いてると思うんだわ。うん、冗談抜きで。てか絶対そっちの方がたのしいっしょ」

「もー! いい加減に、し、て、く、だ、さーいっ!」

「うおっ、勝手に人の体持ちあげんなコラ」

 ゼェ、ゼェ。勇者の体は異様に重い。

 大楯使いの僕でも、なかなか腰にくる重量だ。

 しかしこの体勢は好機。タカシさんは、ジタバタと暴れる訳でもなく、持ち上げられて脱力している。きっと、抵抗するのも面倒臭いのだろう。

「いいですか、タカシさん。窓から放り投げられたくなかったら……ゼェ、ゼェ。僕のいう通りにして下さい」

「んま、いいぜ。可愛いグリコくんの頼みなら、おじさんなんでも聞いてあげちゃうよ?」

 キモい。というか僕は女だ。 

 いつになっても勇者は勘違いしたまま。まぁ、そんなことはどうでもいい。

 僕は勇者を担ぎあげながら、窓辺へと足を進める。

「ゼェ、ゼェ。じゃ、じゃあ。今から、魔王討伐に出発して下さい」

「だが断る!」

「んもー! じゃあもう落としちゃいますよ? 僕は本気ですからね⁉︎」 

「いいぜ、でも俺勇者だから。そんなんじゃ痛くもかゆくもねーよ……おおおおおおおおおおおおお! あっぶね〜、マジで落ちるとこだった」

「っち、流石勇者はですね。早く死ねばいいのに」

「おま、それ魔族のセリフじゃね? でももし俺が魔王になったら、グリコは側近になれそーだな」

 右手の小指一本で窓辺にぶら下がったまま、無駄口を叩く勇者。

 そういえば、どうして勇者は急に魔族討伐をやめてしまったのだろうか?

 思えば一度も聞いたことがないな。

「よいしょっと。ふぅ〜、小指イテー」

「あの、タカシさん。一つ質問してもいいですか?」

「ん? 構わないぜ」


「どうして、魔王を討伐したくなくなっちゃったんですか?」

「え、だって、魔王討伐しちゃったら、俺、無職になるくね?」


 確かに。いや、魔王討伐はそんな職業とか金目の物を目的として担う役目ではない!

 このおっさんは根本が腐っている。今のタカシさんは、無職の引きこもりとなんら変わらない。だからこの言い訳が成立しているはずはないんだ。

「そんなこと言って、使命感とかはないんですか⁉︎」

「ないよそんなもの。だってこうやって何もしてなくても宿代はタダだしさ、飯も食えるし、女も漁れるし。それって勇者の特権だからだろ? そんなものをみすみす捨てようだなんて……」

 僕は拳を構える。

 大楯使いの筋力は、どこぞのインファイターにも勝るほど。

 例え勇者であったとしても、無傷ではいられまい。

「死ね、このクソやろう!」

 ペチン。

 そんな可愛い音が、勇者の腹筋から反響してきた。

「ガッはっはっは! やっぱオメー弱いな、グリコ。なんで勇者パーティー入れたの、マジで?」

「う、う、うるさい! いいからさっさと働け、この引きこもり勇者!」

「おーおー、おっかね〜。もうおじさん怖くてたまらんですわ〜」

「こ、ここここ、この、この……」

 僕が怒りに震えていると、勇者は廊下の方へと歩き出した。

 そういえば僕は何かを忘れている。なんだったっけか……

「おいグリコ。水持ってこい」

「え? なんでですか?」

「いや、お前。だってサクラちゃん気絶してんじゃん、パンツ丸出しで。クマさんが丸見えで可哀すぎるだろ」

「あ、それか」

「は?」

「いえ、なんでもないです。今水持ってきますね」

 その後目を覚ましたサクラに事情を聞いたところ、「なんか臭くてぶっ倒れた」そうだ。

 おっさん勇者の汚臭+加齢臭によほど耐性がなかったらしい。

 あんな体に抱きつけた僕が、逆におかしいのかもしれないけど……


「いいから働いてください、タカシさん!」

「気が向いたらな〜」


 そんな終わらぬやり取り。

 でも僕は必ず、この役に立たない勇者をやっつけてみせる!


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