第1話 バンドマン、異世界転生する。 3
いいか冷静に考えるんだ俺。
旅芸人である俺とこの女がパーティーを組むメリットはあまり考えられない。それに、見ず知らずのよそものをいきなりこの世界では誘うのか? 怪しい、怪しすぎる。なにか事件に巻き込まれるに違いない。
せいぜい行動を組めば一発ヤッておしまいというところか。にしてもパーティーメンバーにと肉体関係を持つなどバンドメンバーに手を出すくらいタブーな気がする。それに、組むのなら俺が戦闘できない分、街中で声をかけられたような屈強な筋肉男と組んだ方が安心だ。
よってこの女、アイリスの誘いはばっさり拒否しよう。
「旅芸人とパーティーを組みたい意図がわからん。それに、あんたのことを俺はよく知らない。まだギルドに入ったばかりで、ついでに言うと大魔王を倒そうとも俺は思っていない。却下だ」
俺が言うとアイリスは奇妙なものを見るかのような表情をした。
なにかおかしなことを口走ったのだろうか。
「はぁ? お前、何馬鹿なこと言ってんの? 大魔王を倒せば、願いが叶うって話知らないの?」
「願いがかなうだと……それはなんでもか?」
「そうよ。北の国エルフの話、知ってるでしょ?」
「すまん……しばらく山に引きこもっていたもんで、知らないんだ」
「しばらくって、半年も前にこの街だけじゃなく世界中の人間にこの噂が広がったんだよ? お前、さすがに山こもりすぎじゃないか?」
山が好きなんだからいいだろ、と返すとアイリスはため息を吐きつつもいま世界が置かれている状況について説明してくれた。その要点をまとめるとこうだ。
半年前に大魔王が謎の復活を遂げ、魔王軍が一か月足らずで神の加護を受けたエルフの国を乗っ取った。エルフの王は殺され、命からがら南へ逃げてきた王の子供が人間の住む町に逃げ込み、そこで人々に大魔王が復活した、と告げた。そうしてこう付け加えた。
ーー大魔王を倒せば再び神の加護を我々は受けることができる。そのお礼として倒した者の願いを神に届けよう。
それまで農業をしていた人間は農具を武器に、魔法使いは攻撃魔法を武器に、それまで温和だった人々が願いのため、そして大魔王の脅威を跳ね返すために北の国を目指し始めた。そうして数か月、いまだエルフの国の門を超えた人間はおらず、門の前に屍が山のように……とまぁこんな感じだ。
「なおさらパーティーを組む気が失せたよ。死者が出るくらい過酷な旅になるんだろ? なら俺はどう考えても足手まといだ。それに、あんたは魔法使い。無理に俺と組まなくても他のパーティーでも重宝されるはずだ。その場所がどんな状況でも、俺はのびのび生きてたいんだ、好きなことしたいんだ邪魔すんな。酒でも飲んで音楽やってりゃ満足なんだよ」
思わず言わなくていいバンドマンとしての本音が出てしまった。この思考回路、完全にニートだ。
願いが叶うのは魅力的だが、転生したのに大事な命を落とそうなんざ冗談じゃない。
俺はとりあえずのびのび生きてえんだ。
アイリスはあきれたようにこちらを見て、一度うつむき意を決したように口を開いた。
「酒、おごるわよ。少し話そ」
「わかった」
理由はわからんが、なんかキュンとして了承してしまった。
もう三十のいい大人だってのに情けない。いや、この世界では二十歳になって転生したのだからセーフなのか。まあそんなことはどうでもいい。
おごられた酒は飲む。それがバンドマンってもんだろ!
*****
「……でこの世界の人間は酒を原液でしか飲まないのはなぜだ」
「なにぶつくさ言ってんの、せっかくおごってやるんだからたくさん飲めよ」
俺の生きてた世界ではこれをアルハラという。
アイリスに連れてこられたのはジミール酒場という店で、この街では有名な酒場らしい。テーブルやカウンターなどがすべて木彫りのようで異世界の大衆酒場を絵にしたような感じだ。中は冒険者のパーティーなどでにぎわっていて、威勢のいい数名の従業員で店を回しているようだ。
そろいもそろって馬鹿みたいに酒を飲んで騒いでいる。
出される酒は名前こそ聞いたことないがテキーラのような度数と味で、どうやらこの世界でもチェイサーとして果実などをかじるのが一般的なようだ。
俺は木彫りのショットサイズの器に入った酒をガッと飲み干し、レモンのような果実に豪快にかじりついた。酸っぱさのあとにじりじりと食道から温かいアルコールの蒸気が上がっていく感覚、この爽快感たまらん!
「うおー、いい飲みっぷりだな。どう、おいし?」
「ばかやろう。酒は美味いに決まってんだろ。すいません、同じの十杯ください!」
あいよー、という男の従業員の野太い声の後、すぐにテキーラっぽい奴と果実がテーブルに届いた。
ライブの打ち上げでテキーラに潰されたのが懐かしい。
「えーと、あんた名前は確かアイリスだったよな。よくわかんねぇけどあれだ、最初は疑ってたけど、ここで出会えたのは何かの縁だと思う。まだ完全に信頼してるわけじゃねぇがな。これ一緒に飲もうぜ」
俺は手元にある十杯のショットを指さす。
酒が回っているが、まだ飲める。
「ジミールの大酒飲みと言われた私にかかろうっての? 上等じゃん、受けて立つわ」
アイリスはやたら得意げで、やはりむかつく。
だが、この手の女は俺の長年のライブ打ち上げのデータからして短期決戦に弱い。この上から目線の女より俺が優位に立つチャンスだ。
「「乾杯」」
俺たちは見る見るうちに杯を枯らしていき、すぐさテーブルの酒がなくなった。
「あんた、なかなかやるな」
「まあね。でも少し回ってきたかも」
ラブホテルへ行く前に店でする会話のようになってしまった。
アイリスの頬は若干火照っていて、俺の方も酔って視界がぼやけるせいでえらく美しい少女のようにみえてしまっている。持ち帰る家はないが持ち帰りてえ、と一瞬思ってしまった。
「ところでお前、ずっと大事そうに隣おいてるのは商売道具なのか? 広場で見たときはそれから音がなっているように聴こえたけど」
アイリスは俺のアコギを指さし言う。
なんだかテンションが上がってきた。やっぱり楽器のこと聞かれると嬉しいもんだ。
「これはアコースティックギターっていう楽器なんだ。マーティンのD18-Eっていう結構古くて俺が尊敬してるコバーンって演奏者が使ってた型番で……あ型番とか言ってもわかんないよな。とにかく、割と渋めなんだけど弾き語りとかにもすごく映えるシロモノでそれに……いや、すまん。なんだか一人で楽しくなっちまった」
俺が謝るとアイリスはもっと聞きたい、と興味深そうに話に食いついてきた。
自分の好きなものについて尋ねられる喜びと酒の酔いの気持ちよさで俺は最高の気分になった。一曲歌いたいレベルだ。いや、もはや歌ってしまおう。
「話すより演奏を聴いてほしいんだ。俺の歌じゃないけど、一番好きな曲歌うから聴け」
周りは騒がしく、アコギ程度なら演奏しても空気を乱すことがなさそうだった。まあ結構な音は出るが。
俺は最初の伴奏を適当に弾き、ニルヴァーナのレイプミーを弾き語った。
この世界の人間に英語が理解できるかはわからないが、気持ちを込めて歌った。熱唱した。
歌詞を噛み締めて歌った。自分は完璧じゃない、友よ自分をめちゃくちゃに否定してくれという類の歌詞だ。この歌にはコバーンがピストルで頭を打ち抜いて死ぬまでのジレンマの一部を感じる、俺の人生で一番好きな歌だ。
「聴いてくれてありがとう」
しこたま酒を飲んで歌って最高にしっとりとした気分になった俺はアイリスに礼を言った。
しかし、アイリスの表情はどこか悲しそうで暗い。
「おいアイリス、そんなに俺の歌がひどかったか?」
「いえ、違うわ……今の歌、どこの言語かわからなかったけど、お前の歌い方とか表現しようとしていることがわかったというか、それでなんだか暗い気分になったの。その歌、悲しい歌でしょ」
やはりこの世界の人間はやはり英語を理解していないらしい。そのくせ日本語が通じるのは女神が与えてくれたご都合主義というやつか。
しかしながらロック調だが、悲しいというニュアンスがアイリスに伝わってよかった。これでノリノリで聞かれては複雑な気分になってしまう。
「この歌は俺の憧れている人の歌なんだ。俺とは違って売れてたんだが、多分それも原因で自殺した。この曲は彼の叫びだよ。このギターが弾いてくれって言ってた」
「お前、案外熱いんだね。ギルドで見かけたときは骨のない旅芸人だと思った」
「馬鹿言え、俺のもといた国では旅芸人 はほとんどそうさ。普段パッとしねえが楽器を持って舞台に立ちゃかっこいい奴ばかりさ。まあ、みんながみんな売れてるわけじゃないんだけどな」
ふーん、とアイリスに相槌を打たれ、しばし沈黙が走る。その間も周りは騒がしい。
もうすっかり外は真っ暗で、屋台も片付け始めている店が多い。
そういえば、そろそろ宿を見つけないとまずい。
「なあアイリス。たくさん話したし、そろそろ解散しないか」
「嫌だ! まだパーティーを組んでない!」
そうだよな……まだそこらへんの話をしていなかった。ついついロックの話で盛り上がってしまっていた。俺はすっかり気持ちよくなってそのことを忘れていた。馬鹿だ。
どうやらまだまだ今日は酒場から出れなそうだ。
ーーつづくーー




