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 第1話 バンドマン、異世界転生する。 1



 安定した職に就かずにバンド活動をし続けて、明日でとうとう俺は30歳になる。

 世間的にはようやく昇進だ結婚だって時に、ギターくらいしかとりえのない俺は一体なんなんだろう。親に見せる顔なんてものはもうとっくに捨ててしまった。


 「マスター、ハイボールお願い」

 「今日はよく飲むんだねぇ。でも、次で最後の一杯にしときな。店を閉めなきゃならねぇからな」

 「はいよ」


 俺は坊主のマスターからハイボールをもらうと一気に飲み干して、金を払い店を出た。

 酒を飲みすぎて頭が痛い。冬の寒さも相まって頭がかち割れそうだ。

 都市のコンクリートをコツコツと音をたてながら歩くが、視界がやけにぼやけているせいで音だけが余計大きく感じる。意識も朦朧としている。これは本当に酒の酔いから来ているものなのか。

 

 「頭が……いてぇ」


 俺は冬の堅い地面にそのまま正面から倒れこんだ。

 どうやら気が付かなかっただけで回りには人が結構いたらしく、大丈夫ですか、と何人からか尋ねられた。大丈夫なわけねぇだろ、と返そうとしたがどうしてか声が出なかった。視界も次第に真っ暗になっていった。

 俺は死んだのだろうか、結局バンドで何も成し遂げられずに。


 *****


 ーー起きてください!


 声が聞こえる。ここは病院なのだろうか。俺はどうやら死んでいなかったようだ。

 けれども、立ち上がって見回すと一面が真っ白で、物も一つもない。

 俺自身が横になっていた場所はベッドではなく、なぜだか柔らかい床の上だった。

 

 「ようやく起きましたね、真島(マジマ)様!」

 

 目の前、いや正確には目の上から声がしたと思い見上げると、これまた白い服を着た女が浮いていた。白い服といっても医者が着る白衣などではなく、インドかどこかの民族が着ている大きな布一枚で構成された衣装のように見える。

 加えて綺麗なグリーンの長髪の上に輪っかがついている。

 残念なことに、俺は死んだのだろう。


 「あんた、俺を成仏させに来た、女神様ってやつなんだろ。知ってるぜ。余計なことはいいから早くあの世に連れてってくれ」

 「失礼ですが、私はあなたをいますぐ成仏させに来たわけではございません!」

 「じゃあ俺はこの場所にしばらくいなきゃいけないわけなのか、あんたと」


 それはそれで悪くないな、と思った。

 見たところ二十歳行くか行かないかで胸もそこそこある美人だ。

 うむ、悪くない。


 「なにか変な目で見られている気がするのですが、気のせいですかね……」

 「気のせいだと思う、多分」


 きっと気のせいだ。

 

 

 「え、えぇ……コホン気を取り直して! わたくし、女神のメルシィ・アザナって名前です。メルシィって呼んでくださいね! 今回は真島(マジマ)様の【異世界転生】のお手伝いをいたします!」

 「【異世界転生】ってあれか? アニメとかでよく見る」

 「そうですそうです! あなたは転生者に選ばれたのです!」

 「そいつはめでたいな。でも、どうして俺が?」


 いきなりの超展開だが、割と驚かないもんだった。

 もしかしたら俺の脳みそはまだ酔っぱらっているのだろうか。もう死んだけど。

 

 「人間は現世の自分にある程度満足しないと成仏できません。あなたは売れないバンドマンとして志半ばで脳卒中によって死にました。原因はタバコの吸いすぎと食生活の乱れによる脳血管の損傷。よってこのままでは成仏できないあなたを私は異世界に召喚する、というわけです!」

 「なるほど……ってことはあれか、異世界には俺と同じような境遇で召喚される転生者が大勢いるってことか?」

 「ふふっ、いい質問ですね! ですが、実は転生者はそれほど多くはありません。転生には割と厳しい審査があって、ごく一部の恵まれない人生を歩んだ人間しか認められないのですよっ!」

 

 割と元気に俺の人生が底辺中の底辺だったことを知らされて、腹立たしかった。だが、可愛いからよしとする。可愛いは正義だもんね。

 俺が黙っているとメルシィは、はいはい、ということで!と手をたたきながら話を次のステップに進めた。異世界転生の説明に慣れている様子だ。

 

 「そろそろ転生の説明も済んだことですし、さっそく手続きといきましょう!」

 「手続きだと?」

 「はい! 転生する際の真島(マジマ)様のスペックをここで決めさせていただきます。まず、年齢ですが……」

 「待ってくれ。それってあれか? 俺が最強スペックを手に入れて異世界で無双する的な……」

 「いいえ、それはできません。いや、正確にはあなたではダメといったところでしょうか。異世界でのスペックは基本的には生前のものと変化はございません。ですが、異世界には魔法や剣技なるものが存在しているわけで、それの適性を生前のデータをもとにして決定するのです」

 

 なるほど、チートというわけにはいかないのか。そこらへんしっかりしていらっしゃる。

 メルシィはどこからか取り出した俺のプロフィールが書かれているであろう紙をじっくり見ている。

 紙にはどのようなことが書かれているのか気になり、覗こうとしたら厳しめに注意された。おそらく極秘なのだろう。

 

 「えーまずは年齢ですね。あなたは29歳で死なれたので一の位を切り捨てて20歳となります」

 「切り捨てなのか、めちゃくちゃラッキーじゃねぇか。あと1日で30歳になるところだった。早く死んでよかったぜおい」

 「次に、魔法適性と武器適性ですが……残念ながらあなたに付与できるものがありませんでした」

 「えええっ? 異世界行くってのに魔法も武器もなしかよケチくせぇな」


 転生前にして致命的に弱ステータスすぎて驚いた。

 年齢が下がったといわれて喜んで、上げて落とされた気分だ。

 しかし、メルシィはまだ話は終わってないと言いたげに俺を手で制し、口を開いた。

 

 「その代わり、面白いユニークスキルを付与することができます。【至高の魅力】です。これは他の人とは被ることのないあなただけのスキルです。他にも転生者の基本となるスキルをいくつか付与しておくので、転生先のギルドなどでご確認くださいね」

 

 なんだかよくわかんが、戦闘では役に立ちそうもないスキルだ。ユニークとかいうのだから、それなりに役には立つのだろうけれども。

 そうだ、メルシィにどんな効果なのか聞いてみよう。


 「なぁ、このユニークスキルって……」

 「そろそろゲートが開きます、急いで飛び込んでください!」


 話を見事にぶった切られた。そんなに急がないとやばいのだろうか。

 急かされたせいで焦って動悸が高まってきた。

  

 「ゲート、そんなもんどこにも……ってあった! 飛び込むのかこれに!?」

 「そうです! 思い切り行っちゃってください!」

 

 白一色の世界に突如として黒い円が出現した。円の中は立体的でどこまでも落ちてしまいそうな穴のようだった。これに飛び込むにはわりと勇気がいる。落ちたら死んでしまうかもしれない。もう死んでいるのだが。

 

 「う、ううっ。よくわからんが、もうどうにでもなれっ!」


 意を決して飛び込んだ。

 

 --言い忘れていましたが、真島(マジマ)様の職業(ジョブ)は旅芸人です!


 飛び込み際にそんなことを言われて俺は思った。


 「それ一番大事なやつだろぉぉぉぉぉぉ!」



 *****


 気づくと草むらに直立していた。だだっ広い草むら。まだ日が出ている。

 ここが異世界だと言われてもまだピンとはこない。

 身なりを確認すると、肌触りの良い白いYシャツに高そうなスーツを俺は着ていた。どうやらこれが初期装備らしい。旅芸人はスーツで移動するのが基本なのだろうか。

 

 「とりあえず、人がいそうなところに行ってみるとするか」


 俺は周りを見渡して建物がないか探す。すると、建物よりも先にメルヘンチックな周りの風景にはどうも似つかわしくないものを発見した。


 「マーティンのアコギ……それも型はD18-Eだと?」


 俺はすぐさまギターを拾い上げ、状態を確認した。


 「たしかこれは、コバーンが使ってたやつで、わりと渋めな音が有名で……なんてったって世界に数百本しかなかったはず。それがどうしてここに?」

 

 楽器、剣より強しってか。なんかもう世界観とか意味わかんねえな。

 だが、偶然ギターの落ちている場所に俺が転生したとは考えにくい。おそらくこれは俺自身の初期装備の一部なのだろう。ハードケースはおろかソフトケースもないのが心無い仕様なのは置いておくとして。

 戸惑いつつもさらに周りを見渡すと少し先に建物の密集した街のようなものが確認できた。そこらへんは優しい仕様だ。アメとムチってやつか。

 ひとまず俺はギターを片手に街を目指すことにした。

 そうして数十分、俺は目的地に着いた。出店では人が果物などを売り、宿や武器屋のようなRPGでよく目にするような建物もある。雰囲気は江戸というよりは中世ヨーロッパよりだ。

 これが異世界か……案外面白い。


 「お前さん、あんまり見かけねぇ服装だな」

 

 俺が街に感動していると、ものすごい筋肉の大男に話しかけられた。

 バンドのボーカルをやっていただけあって身長がそれなりにある俺よりもさらにそいつは背が高い。


 「と、通りすがりの旅芸人なんだよ。この服は衣装さ」


 俺は適当なことを言って立ち去ろうとした。

 なんで街に入るなり怖い奴に絡まれなきゃいけないんだ。

 

 「ほう、旅芸人か。こないだまで大魔王が復活したって大騒ぎしてたってのに、のんきな奴がいるもんだ。すっかり旅芸人も少なくなった世の中だ、どうだお前さん。その右手に持ってるモンはよくわかんねぇが商売道具なんだろ? それで何か芸を見せてくれよ」

 「なっいきなり芸……だと? それにアンタ、ギターぐらい知ってんだろ」

 「あん、ギター? 知ったこっちゃないね。とにかく俺はお前さんの芸が見たいんだ。毎日魔物狩りばかりで気がめいってんだ。さぁ、頼むよ」


 大男は期待した目でこちらを見ている。

 しかし、俺は所詮ただの売れないバンドマン。自分の歌に自信は持ってるが売れたことは一度もねぇ。

 それに旅芸人に転生していきなり芸やれとか無茶ぶりすぎるだろ……。

 だが、俺もバンドマン、それも数多くいるバンドのフロントマンの端くれだ。男気みせたるか。


 「えぇ……じゃあコホン。一曲歌うよ」


 幸いにも人前で歌うことには慣れている。

 路上ライブみたいなもんだこんなもん。

 ストラップないせいで座って引かざる負えないが、近くの飯屋から流れてくるよくわからん打楽器の8ビートが最近作った歌のBPMと似ていて、そんなことどうでもよくなった。俺はそれに合わせてギターを鳴らし、歌う。

 AメロBメロ、そしてサビ……。

 

 【退屈だったあの日、誰かが言ってくれた言葉を大事にしてるよ。すべてを台無しにして次の街へ行こうぜ】


 ああ、なんだか気持ちがいい。サビで立ち上がって引きたい程気持ちがいい。

 筋肉男の他にも何人かが足を止めてる。

 10年ほど続けたバンドだけれども、結局大きなライブをするほどの人気にはならずに小さな箱のチケットノルマを達成するだけで毎回精一杯だった。路上ライブは人が2、3人いればいい方で、こんな風に歌を求められて歌っていることは底辺バンドマンの俺にとっては久しぶりだった。

 もう何人見てるかとか、誰が聴いてるか自分が何を歌っているか、そういう物理的な概念が音楽の快楽に溶けて意味をなしていない。ただただ気持ちがいい。

 周りのことなど一切気にしないで自分だけの空間で歌っているような……変な感覚だ。

 歌い終えると、まぁまぁの人だかりが俺の前にはあって驚いた。


 「あんた、いい声してんじゃねぇか。これ、もらってきな」


 大男は満足げな顔で銀貨数枚を俺に手渡してどこかへ去っていった。

 人だかりからは拍手が聴こえて、中には同じように銀貨をくれた人もいた。

 異世界に来て出だしから歌うことになるとは思わなかったが、まぁ気持ちがよかったから良しとしよう。この世界で新たな人生が始まる、と思うとなんだか背筋がむず痒い。期待と不安がある。

 

 「さてと、これからどこ行くとするかな」


 行き当たりばったりに歩くのはさすがに疲れる。

 異世界の街に来た人は最初にどこへ行くべきなのだろう、考えながら歩いていると赤色の塗装で塗られたひと際目立つ建物の前に行き着いた。中ではカウンター越しに鎧の男がエプロンを着た女に話しかけている。その内装から察するに、おそらくこれはギルドなるものだろう。暇だし行ってみるとするか。

 

ーーつづくーー


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