401号室 美少女?と野獣
都会の真ん中だというのに、澄んだ空気の爽やかな朝だ。
窓から見える木には小鳥がさえずり、太陽の匂いがする暖かい風が吹いている。
相も変わらず夜は爆音が鳴り響き、朝になれば隣には巨乳のお姉さんが布団を占拠している。
この状況に慣れつつある自分を振り返り、改めて人間という生物の適応力の高さに感心する。
…………………
寝ぼけ眼の佐久間さんを部屋まで送り、大学に向かう。
いつも通りの日常。
「おはようございます。大神さん。」
駐在所からパトロールに出ていた大神さんに、元気よく挨拶する。
「や、やぁ、おはよう。 相変わらず元気いいね…
大学、頑張ってね。」
気弱な大神さんも、笑顔で挨拶を返してくれる。
「あの変質者が何かやらかさないよう、しっかりパトロールお願いしますね!」
「ははっ、番場くんももう少し落ち着いてほしいものだね…」
大神さんの笑顔が苦笑いに変わる。
ほんとに毎度毎度、ご苦労様です…
……………………
大神さんだけでなく、佐久間さん達との出会い以来、怪魔荘の奇妙な住人達との出会いは続いた。
毛深く巨躯でありながら、生き物が好きで心優しい大芦くん。
彼や慈英さんと過ごすひと時は、ぼくの唯一の癒しだ…
それに、キョンシーの木吉さん。
札の代わりに眼帯を付け、派遣社員として労働の日々を過ごしている。
過労死しないか不安なのだが、元々死人らしいので要らぬ心配かも知れない。
彼も数少ない怪魔荘の常識人で、大学やバイト、怪魔荘の住人(主に変態)との関わり方の相談に乗ってくれている。
…「キョンシーの」などと突飛な話をしているが、それにも慣れつつある自分がいる。
思い返すと、慈英さんとの出会いがかわいいものに思えてしまう…
実際、慈英さんは可愛いのだけれど。
最近のぼくは、大芦くんや大神さん、木吉さんのような、比較的ふつうの人々との出会いで油断してしまっていた。
怪魔荘には奇妙なヤツらが集まるということを…
…………………………………
チャイムが鳴る。
出てみると、大芦くんが立っていた。
「あれ? 大芦くんじゃない。 どしたの?」
「突然すみません、徳井さん。 家で徳井さんの話をしていたら、親戚の者がどうしても会いたいと…」
大芦くんは申し訳なさそうに、相変わらずの重低音のいい声で用件を話す。
確かに、挨拶周りのときに小さな女の子が履くような靴があったことを覚えている。
「もちろんいいよ! 今から行こうか?」
ぼくはどちらかというと、子どもは好きなほうだ。
言うまでもないが、番場とは違う意味で。
「いや、実はもう来ているんですよ。」
よく見ると、金髪の少女が大芦くんの脚の後ろから、ひょこっと顔を出しては隠すを繰り返している。
人見知りなのかな?
「まぁ、ここではなんだから上がってよ。」
ぼくの部屋で2人並ぶ姿は、茶化すようで悪いが美女と野獣…いや、美少女と野獣という感じがした。
「お嬢さんは何飲む?」
少女はその言葉にピクッと反応し、蚊の鳴くような声で、
「コーヒー……」
と呟いた。
おませさんなのかな? 可愛いな。
「お名前は?」
コーヒーと、大芦くんのコーンスープを差し出しながら尋ねてみる。
「……クルス…」
蚊の鳴くような声で、しかし先ほどよりも聞き取りやすいくらいの大きさの声で彼女は答える。
「何歳なのかな?」
「…………」
ピクッと反応し、膨れっ面になる。
大芦くんは、少し慌てた様子だ。
あらら、子ども扱いはマズかったかな…
そこからは、他愛もない話をした。
田舎のこと、大学のこと、怪魔荘の住人との出会いのこと…
次第にクルスちゃんにも笑顔が見え出し、帰る頃には声を上げて笑うようなこともあった。
「うわ、もうこんな時間だ! ごめんね、また明日! クルスちゃんもね!」
「遅くまですみませんでした。 お邪魔しました。」
丁寧に礼をして、大芦くんが外に出る。
「楽しかったよ。話には聞いていたが、実際に会ってみるとなかなかいい男じゃないか…」
周りを見回してみる。
確かに大人の女性の声が聞こえてきたが、周りには誰も…
「私だよ。」
目線を落とすと、クルスちゃんがニヤッと笑っていた。
クルスちゃん… いや…
「ク、クルス…さん…?」
「君はあれだな? 勘が鈍くてどんくさいところがあるな。だが、女性との経験がない割に、女性の扱いを心得ている。 その価値観は大事にするといいぞ。」
少女?の言葉が胸に次々と突き刺さる。
少女に説教される男子大学生がいた。
ぼくだった。
「ただ、今のままの甲斐性なしでは一生童貞だろうがな。」
もうやめて、ぼくのライフはとっくに0よ!
「クルス姐さん、もう帰りましょう!」
見かねた大芦くんがクルスさんを担ぐようにして部屋を出る。
チラリと見えた下着は、クマのプリントの子どもパンツ…
などではなく、紫のラメ入り紐パン、明らかな大人の下着だった。
去り際、叫ぶようにしてクルスさんが言う。
「とはいえ、私は君のことを好いているよ!
これからも仲良くしてくれ〜!」
1人、部屋に残されたぼくはただただ呆然としていた。
久しぶりの感覚だ。
「クルス姐さん!」
大芦くんの言葉を思い出す。
確か、大芦くんは同い年だったはずだ…
ということは…
女性って分からんなぁ。
そう、思った一夜だった。