前兆
「ねえ、貴方は"友"についてどう思うかしら?」
俺の前に立つひとりの少女──すぐさまに俺は理解した。ああ、これは夢なんだと。
白い服を来た少女は俺に問いかけてくる。
──友についてどう思うかと。
「・・・友なんていらないよ」
この時の俺はそう答えた。当時は無の部屋に来てまもない頃の時だったからか俺には誰かを守るという感情は存在していない。
だからそう言ったのだ。友なんていらないと。
「ふふ・・・」
少女はクスクスと笑いだした。このときの返答は間違っていたのかそれは理解できないことだが、彼女は笑ったのだ。
普通ならもっと別の言葉をかけてきたりするものなのだが、この少女にそれは無かった。
「貴方変わってるわね・・・友を欲しないか」
少女は何かを思いうけべているのか少しの間喋りもせずその場に立っているだけだった。そして
「いいわ。貴方気に入った。友を欲しない貴方だからこそ、貴方は・・・"最強"を目指せるのだから」
「さい・・・きょう・・・」
少女は俺を気に入った。友を欲しない俺を気に入ったのだ。
それは少し奇妙なことだった。欲しないと行ったのにも関わらず彼女は俺から避けなかった。
それから少しの間、俺は少女と少しだけ話すようになった。
話すといってもたった一言二言。基本的に俺は星川に世話になっていたため、あまり他の連中とはつるんでいなかった。
寝る前になると少女はいつも俺の元にやってくる。そして日を追うごとに少女は俺にある技を教えに来るのだ。
「貴方は見込みがあるわね。でもまだ実現はできない」
教えてもらっている技は決してどこにでも役に立つものではない。俺自身なぜ教えられているのかも理解していないのだ。
だけどこの時の俺は精神的に色々あったのだろう。だからそんなことは気にもとめずに少女の言われるがままに俺は技を習得していった。
そして訪れた俺が無の部屋を立ち去る日、少女も成長を遂げ身長が伸び明らかに年頃の女のことも呼べる容姿になっていた。
「出て行くのね・・・この部屋を」
「・・・ああ」
俺は覇気のない声でそう答える。
「──始めて貴方を見たとき、そしてあの答えを聞いたとき貴方は最強に慣れると確信していた。この部屋を出ていくということはそれそうの実力が認められた証拠、おめでとう・・・そしてさようならね」
実力が認められた。確かにそうだ。俺は認められた。星川を失ったとき俺は大きく変わった。頭脳や力、全てにおいて限界を超えたのだ。
だが、それと同時に俺にとって新しい感情がひとつだけ芽生えていた。
「出る前にもう一度聞くわ。貴方、友についてどう思うかしら?」
それは始めて出会った時と同じ質問だった。
あの時の俺は友なんて必要ないと答えた。それは紛れもなく俺にとっての本心だ。友は必要ない。だけど、今は違っている。
俺には守りたいものができた。星川を失ってから気づいたもう一人の存在、それは幼馴染である存在。それを守ると誓い、俺は成長を遂げた。
「・・・必要だな」
だから俺はそう答えた。あの時とはまるで正反対の言葉を。
「そう、それが貴方の出した答えなのね・・・」
彼女はどこか悲しい瞳をしていた。なぜだかはわからない。彼女は欲していないのだろうか。それとも別の何かを持っているのだろうか。
「それじゃあな」
俺は追求することもなくその場を立ち去った。一刻も早くあそこから立ち去りたかったからだ。
振り返りはしない。振り返ったらきっと何か後悔があるかもしれないから・・・。
だけど確かに聞こえた。彼女の最後の言葉が、
『その答えはいずれ──死を招くわよ・・・楽しみね』
・・・死を招くか。彼女は何者なのだ。人の死を楽しみと言える恐ろしい人物。だが、彼女とは二度と合うことはない。彼女は無の部屋をでない限り・・・。
だけど俺は彼女とどこかでまた合う気がした。
目が覚めるとそこは天井。俺は瞬時に理解をする。
「ああ、夢か」
きっと夢の中でも同じことを思っていたはずだ。しかしとても懐かしい夢を見たな。
あれは誰だったか・・・名前すら思い出せない。だけどハッキリと覚えていることは確かにある。
「禁忌....彼奴はそれを俺に教えた」
俺は無の部屋を出て使用した禁忌は今のところただ一つである。それは「既視感」過去に戻ることのできる技なのだが、両目とも使えないと発動できない技である。
今の俺は右目を失っているから二度と使うことの許されない力、だけどこんな力は使わないほうが身の為なのだ。
危険な技ほど身を滅ぼす。そんな言葉だってある。もちろん既視感にもデメリットはある。それは俺自身の命・・・代償は大きいのだ。
代価に似合った技でないと意味がない。命を削ってまで過去に行く理由などそうは存在しない。あの時の俺は一人の命を助けるために自らの命を犠牲にした。
その代価で俺は数日寝込んでいたことがある。それ以降は片目を失ったので俺はこの技を使うことはなかった。
あんな技を教えた彼女は一体何を思っていたのか。そしてなぜそれを俺に教えたのか・・・その意図は今だ分かっておらずすっかりと忘れていた事だった。
あの夢を見るまで思い出すことはなかっただろうに。
「これは何かの前兆なのか?」
ポツリと俺はそう言葉を漏らす。
前兆──これから再び何かが始まるというのか。それともただの偶然に見た夢となるのか。それは俺には分かることのないことだった。
──ヒュゥゥゥと風が吹く。
ビル風がとても大きな音を立てており風が強いということが分かる感じだ。
「フフ、久々に来たわね」
フードを被り素顔が見えない人物はそう言う。
「さあ始めましょう──今年最後の闘いを」




