復讐はありきたり。慈悲は稀有なもの。【その伍】
現在、俺と樹は互角ではなく、俺が優勢となっている。
極限の極地に入った俺は樹を凌駕し圧倒的な力を持って押し返している状態だった。
だがこちらはあくまで素手、おまけに時間制限つきと来ている。正直なところ、あと数分で決着をつけなければ負けあるいは撤退となってしまうだろう。
なるべくはここで勝負をつけたいところ。しかし樹はまだ力を隠している。それを感じさせる言葉として奴は「勝負はここからだ」と言ったのだ。
(・・・ハッタリの可能性だって捨てきれない。だが、あの余裕そうな顔....冗談ではなそうだぞ)
ここで嘘をつく理由など微塵たりとも存在しない。つまり樹にはまだ上の力があるということだ。ただ刀から剣の風を飛ばして遠距離から攻めるだけでなく他にも技を所持しているということで間違いない。
樹の傍にいる"アンジェリカ・ホームズ"という女。彼女もまた焦っている様子はない。俺の変化に対して驚きは感じているだろうけど決して樹が負けるなんて思っていないはずだ。
彼女と樹、その双方を合わせることで樹は膨大な力を得ている。アンジェリカの力は『推理』──つまりは行動の先読み...命と同じくしての力だ。
でも『推理』と『未来視』この二つは同じでも性能は異なっている。
アンジェリカの推理、その原理はアンジェリカが持つ圧倒的な観察力、それを使い俺の動きを"推測"するものだ。
一方で命の未来視は先の"未来を見る"もの。つまり命の方が上位互換なのだ。
完全にそうと言い切れるわけではないが、能力だけでみたらそうなだけ。アンジェリカという人間をいれるのなら・・・アンジェリカが『推理』を使うのならまた話は別だろう。
なにせ彼女は俺の得意とする技である『時間跳躍』──1.5秒先の世界に到達するという技の移動先を推測したのだから。つまり彼女は未来の行動までも推理できてしまう。それがアンジェリカの逸材なのだと俺は思っている。
「どうした境川?臆したか?私の気配を感じ取ったか?人は良く言うものだよな──"恨みの力は無限大"だと」
「恨んでいるのなら俺も同じことだ。リアを殺しかけたお前に生きる権利などあると思うか」
俺の言葉に樹は「ふざけるな」という顔をした。
「──貴様....私からシャルル様という存在を奪っておいてよくもそんな口が叩けるなッ....」
「・・・・・」
「私から唯一の光を奪った貴様こそ生きる権利は無い!!」
──ドン!!
樹は極限の極地に入っている俺でさえ見失うほどの超スピードで消えた。
時間差で地面にあるガラスの破片などが飛び散る。
(これは・・・)
樹は俺の目の前に現れ刀を抜き俺に振るってくる。
「ッ!!」
俺はギリギリで反応することができた。
キン──カンッ──カン!!と三連撃を拳で弾く。
「懺悔してここでくたばれッーーーー!!」
戦ってきてこれほどの闇に満ちた力は感じたことがない。樹からは紫色のオーラが纏われ明らかに速度と力が上昇している。
──ビリィ....
拳で弾いた手の皮が剥ける。だがおかしい・・・拳で弾いたときには剥けていなかった。これは・・・時間差か?
俺がそう思った時だった。これまでに樹が狙ってきた俺の身体の位置が徐々に切れ始めていた。
「ようやくか」
刀を押し込みながらそう言った。
俺は両手で刀をガードしている。
「なにが・・・・」
「貴様の変化、それは既にアンジェリカが"予測"していた。シャルル様を倒すのなら何かしらの強化があると踏んでいたからな。仕込ませてもらった」
「仕込み・・・だと・・・!?」
樹の説明により俺は雑念が増えてしまって極地の状態が徐々にダウンしていく中、あることに気が付く。
「ッ!!まさか・・・このダメージ」
「ほぉ気づいたか。そうだ。私の攻撃はちと特殊でね。お前から見れば大した速さではないが、常人から見れば超スピードの刀さばきだ。それがどういうことか分かるだろう?」
さっきの樹が移動したとき、移動した地面の反応は時間差だった。樹がその場から消えて数秒した後にガラスの破片などはその場から飛んだ。
地面が"樹が消えた"と認識するまでの時間、その時間差こそが樹の武器だったのだ。
「お前が振るった刀・・・それが俺の身体に伝わるまでの時間差・・・それがお前の狙いか」
「ご名答。この短時間で気づくとは流石逸材者と褒めておこう。だが、少し遅かったな。もう少し早ければ処置のしようがあったものの・・・・」
樹はやれやれと両手を空に向けてそういう。
「──なめるなよ」
「・・・?」
俺の言葉に樹はキッと目を強める。
地面に刺さっているのはリアの割れた刀のつば。俺はそれをガシッと握りしめそれを引き抜く。
「俺はまだ負けていない。ここでお前を倒せないのは癪だが、俺が死ぬことを命は望んでいない。だから」
刀をクルッと回転させて地面に突き刺す。俺の体内に残っている極限の極地による稲妻を刀に送り込む。刀はバチバチと音を立てている。
地面に突き刺された刀は俺の手に伝わり俺の手は稲妻に包まれた。
「悔しいけど──"撤退"だ!」
稲妻に包まれた拳を思いっきり振りかざして俺はそう叫んだ。




